時には無茶スレスレの方法で著名人に会い、描く規格外の芸術家・ながさわたかひろの版画

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15


『に・褒められたくて』(ながさわたかひろ/編集室屋上)

「ながさわたかひろ」という芸術家がいる。

どんな芸術家かと聞かれれば、一般的にはイラストレーター、版画家なのだろう。近年は6年に渡りプロ野球・ヤクルトスワローズの全試合(!)の絵を描き、それを自らの戦いとしヤクルトに入団を直訴してきたことで、メディアにもたびたび取り上げられた(ちなみにその作品は『プロ野球画報』『プロ野球画報2015』。だが、ながさわ氏のことは、どうしても芸術家と呼ばせていただきたい。というのも、先日刊行された彼の最新作品集『に・褒められたくて』(編集室屋上)が衝撃の作品だったからである。

これは、ながさわ氏が大好きな人々に会い、その似顔絵版画をつくるシリーズ。とはいえ、版画ができたら終わりではない。版画は2枚限定、その1枚を描いた本人に渡し、もう1枚には相手からコメントとサインをもらう。そこまでで完成としたシリーズだ。描くのは大好きな人々。コメントは当然、お褒めの言葉がほしい。タイトルの『に・褒められたくて』は、この作品におけるながさわ氏の偽らざる動機なのだ。

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そこまでなら、失礼ながら、一般的な版画作品とそう変わらなかったかもしれない。しかし、驚きなのは、その相手に会い、作品を描き、サインとコメントをもらうまでのプロセスも公開していること。そして、その方法が、あまりにも「ストレート」すぎる点だ。

描かれたのは、吉田照美、野村克也、みうらじゅん、大林宣彦などなど、各界の有名人ばかり。普通なら、ながさわ氏に共感した美術関係者や編集者がアポ入れや段取りを組んだのだろうと考えてしまう。が、実はながさわ氏の作品づくりは徒手空拳。コネも伝手もないところから始まっている。

では、どのような方法をとったのか? そこに秘訣はない。著名な彼らに会い、作品づくりの意図を伝えるにはどうしたらいいのか、ながさわ氏はひたすら考える。結果、生み出された方法が、たとえば下記のような具合。

吉田照美 → 作品づくりの意図をラジオに投稿
野村克也 → 著書のサイン会で直接本人に申し込み
大林宣彦 → 講演会で出待ちして本人に申し込み
みうらじゅん → イベントで入り待ちして本人に申し込み

……無茶すぎる。

それでも、多くが成功してしまうのだから、世の中捨てたもんじゃない。版画作品もさることながら、ながさわ氏の(いろいろと)スレスレなアタックに対峙する著名人の反応も見どころである。作品はしばらくして美術雑誌の連載となったが、段取りについて編集部はノータッチ。最初と変わらず、ながさわ氏が自分の力でのみ、描きたい人にアタックしていく。その様子は、「褒められたい」という情熱だけで、人間はこんなにも動けるのかと感嘆するばかり。『に・褒められたくて』は版画そのものだけではなく、その行為、行動というか、生き様自体が作品のように思える。作品解説でえのきどいちろう氏も語っているが、言ってみれば一種のコンセプチュアル・アートのようなのだ。

いったい「現場」や本人の心境はどのようなものなのだろうか? 本人に直撃してみた。

——『に・褒められたくて』を始めたきっかけは?

ながさわ:絵を描いたり、ずっと美術活動をしてきたのですが、どうしても世の中に通じない。美術をかじった人には通じても、一般の人には何が何だかわからない、みたいなことが多くて。その中で自分がやっていることを理解してほしいという気持ちが出てきたんです。それで、誰もが素直に反応できるような作品を、と思い、まず大好きな人を描き、その過程もブログで公開する作品を始めようと考えました。

——プロセスの公開ありきだった。

ながさわ:「この人に行く!」と宣言すれば、ブログを読んでいる人がいる限り、「会った」「会えなかった」を報告する義務も生じます。そうやって自分を追い込もうと思って……。本当は失敗したカッコ悪いところは見せたくないけど、恥をかいてナンボだな、そういうところも見せていくべきだな、と。それで動き出す自分もいますし。

——ただ、実際はけっこう成功していますよね。

ながさわ:いや、実は途中からうまくいかなかった人のことは細かく言わないようになったんです。成功例もあった分、会ってくれなかった人が悪く思われるかもしれないと思って。だって、普通はその反応ですよね(笑)。

——基本的にアポなしで突然、申し込みですもんね(笑)。

ながさわ:ええ。ただ、そしたら全部うまくいっていると解釈されたりして(笑)。途中から雑誌連載になったことで、出版社が段取りをつけてくれていると思っていた人もいました。なかなか難しかったですね。

——とはいえ、シリーズが進むと作品を知る人も増え、広がった人脈を活かしているようにも感じました。

ながさわ:だから連載が終わった時はホッとした気持ちもありました。時間をかけないで作品をつくる方向へ行きかけたりしたこともあったので。

——ルーチン、作業になりかけた。

ながさわ:そうそう。

——申し込む時の心境は?

ながさわ:自分の思いを知ってほしい、無理矢理にでも自分のことを認識してほしい。それだけです。昔から憧れていた東京。その一部に自分もなりたい、という気持ち。実際は上京してもあまり変わらなかったんですよ。だから自分で行動して切り拓いていくしかないんだな、と思っていました。

——成功するコツはあるんですか?

ながさわ:マネージャーや周囲の人に申し込んでも話がなかなか転がっていかないんです。それよりも、対象とする本人に段取りなく直接言う方がストレートで話も通じやすかったですね。

——だから出待ち、入り待ちを(笑)。

ながさわ:いや、普通会えない人たちばっかりじゃないですか。だから、それくらいしかないかなーと思った結果ですよ。

——作品集を出したことで「褒められたい」という欲求は満たされましたか?

ながさわ:まだまだですね〜。全然です。

——ではこれからもシリーズは続行?

ながさわ:今年はジュリー、沢田研二さんを描きたいですね。

もし仮に、誰かが『に・褒められたくて』と同じような作品づくりを思いついても、多くの人は「どうせ無理」「伝手がない」「会う方法がない」と諦めてしまうのが普通だろう。作りたいと思ったならば、つべこべ言わずに行動して作ればいい。『に・褒められたくて』は、そんなシンプルな真理を、再確認させてくれる。その行動について、本人は割とあっさり語るが、情熱に基づいて素直に動けること自体が、ながさわ氏が優れた美術家であることの証明のようにも思える。その才能がどのような作品を生み出していくのか、今後も注目していきたい。

取材・文=田澤健一郎

記念すべき第一作となった吉田照美の版画