「おいしい」――。その言葉が、私の居場所になる。「食」を愛するヒロイン×恋知らずの博士の中華風料理ファンタジー登場!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15


『一華後宮料理帖』(三川みり/KADOKAWA)

今月、「おいしそうな」小説が、角川ビーンズ文庫より発売される。

一華後宮料理帖』(三川みり/KADOKAWA)は、大陸の大帝国・崑国へ「貢ぎ物」として後宮へ贈られた少女、雪理美(せつりみ)が、自身の武器である「料理」を用い、奮闘する中華風ファンタジー小説だ。

ヒロインの雪理美は「時々緊張感がない」けれど、前向きで人の機微に聡い少女。彼女は幼い頃、和国の皇女でありながら居場所がなく、厄介払いとして「神に捧げる食事を作る役目」を担う「美味宮(うましのみや)」となった。しかし彼女にとっては、そこで斎宮を務める姉皇女に「おいしい」と言ってもうことがなによりの喜びであり、心の拠り所になっていた。

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しかし彼女は年頃になり、大国の後宮へ。
心細い環境や周囲からの嫉妬にさらされながらも、「おいしい」料理を求める声に応え、理美は自慢の腕と知識をふるう。

そんな彼女の良き理解者は、食学博士の周朱西(しゅうしゅせい)。彼は次期宰相と目されている優しい青年だ。見知らぬ土地で慣れない生活を送る理美の支えになっている。しかし朱西は真面目過ぎるのか、研究熱心さが仇となり、皇帝のためにつくる料理は味付けを全く無視したゲテモノばかり。天然過ぎて「恋知らずの博士」と呼ばれることも。

この2人のやりとりが、なんとも愛らしい。お互いなんとなく惹かれ合い、これから発展していくだろう恋愛模様にも期待を隠せない。

また本作には多くの料理が登場する。魚の煮こごりである冷煮霙(ひやにみぞれ)や、優しい味わいで夜食にぴったりの汁物、美肌効果のある香漬(かおりづけ)など、読んでいるとお腹が空いてきてしまう。さらに、朱西はもちろん、皇帝陛下、宦官の蔡伯礼(さいはくれい)など、さまざまな「美男子」が登場する。おいしそうな料理と、理美を取り囲む男性陣たち。それだけでも「お腹いっぱい」にさせてくれる一冊だが、本作はただのグルメ小説ではない。

様々な経緯があり、理美は窮地に追い込まれる。食事で「おいしい」と感じたことのない皇帝陛下に気に入られる料理を作れなければ、処刑されてしまうことに。理美は試行錯誤を重ねる。だが「おいしい」と感じられるために、まず必要なのは「こころのありよう」なのだと気づく。どうして皇帝は「おいしい」と思えないのか。その心にひそむ「しがらみ」を、彼女は料理を通して解そうとする。

料理はお腹をいっぱいにするためだけに、食べるのではない。心も、満たしてくれるものなのだ。本書はコミカルな展開の中に、料理がもたらす本当の温かさを教えてくれている。

「おいしい」という笑顔のために、前向きにがんばるヒロインと、まだ本当の恋を知らないヒーローの「料理小説」は、大切な人に手料理を作ってあげたくなる、そんな心温まるお話なのだ。

文=雨野裾