SM奴隷の入学試験、後期高齢者のソープランド…。お笑い芸人が語る『コレ、嘘みたいやけど全部ホンマの話やねん。』

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公開日:2016/7/1


『コレ、嘘みたいやけど全部ホンマの話やねん。』 (コラアゲンはいごうまん/幻冬舎)

 テレビに出ていない芸人は「売れない芸人」と思われがちだが、必ずしもそうではない。テレビカメラの前に立つよりも、地方営業をして観客と目と目が合う距離で演じることにこだわる売れっ子芸人だっている。とはいえ、『コレ、嘘みたいやけど全部ホンマの話やねん。』 (コラアゲンはいごうまん/幻冬舎)を著したお笑い芸人コラアゲンはいごうまんは、掛け値無しに紛れもなく正真正銘の「売れない芸人」である。なにしろ、東日本大震災での避難所に押しかけ慰問に行った章では、その極貧生活ぶりを被災者の女性にさえ「この人、25年も被災生活しでるんだって」と同情された挙句、周囲の被災者からは救援物資が持ち寄られてしまったくらいだ。

 本書の元となる「体験ノンフィクション漫談」が誕生したのは、コラアゲンが所属するワハハ本舗の社長から「残念ですが、あなたにはネタを考える才能がありません」と宣告されたことによるそうだ。

 本書は、その社長からの気まぐれとしか思えない指令をはじめ、全国ツアーにおける地方の主催者に指令を出してもらったり、ときには自分の思いつきで体当りをしたりした体験談を軽妙な話芸で楽しむことができる。当然そこには苦労話もあるのだが、SMの女王様の奴隷入学試験を受ける章では、「僕、変態です」と読者にカミングアウトしたうえ「個人的な趣味が優先していました」というものだから、他の章でひどい目にあっていても、そうとは感じさせない。後期高齢者のソープ嬢がいるという噂のソープランドに自腹で検証に行ったさいには、本当に80歳を超えていそうな老婆が現れ落胆したかと思えば、その結果は「普通に良かったです」という始末。しかも、「毎日起伏の激しい人生を送っている、それって豊かな人生だよね」と励まされ、下半身が元気を取り戻すと延長までしてしまう。

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 そんなコラアゲンはテレビに出る機会こそ少ないが、実は教科書に名前が載っている。それは、教科書の文章問題に出てくる太郎くんや花子さんなどの人物名の中で、一番多く登場する名前を調べるというネタ取材でのこと。終戦後のごく短い時期だけ算数の文章問題が異様に長いことに気がついたそうで、「時間の引き算の問題」にもかかわらず「クラスで行われる学芸会の劇の配役を決めるところから」始まり、物語のような設問が4ページにも及ぶというのだ。謎を解くべく教科書の出版会社を訪ねたコラアゲンは、担当者に疑問をぶつけて調べてもらいその理由を知ることになるのだが、担当者から「勉強になりました」と感謝されると、つい冗談を言ってしまった。自分の本名の「よしひろ君も出してくださいよ!」と。すると、あろうことか担当者は本当に教科書の設問に登場させてしまったのである。なんたる愚挙、もとい英断か。かくして、コラアゲンこと「よしひろ君」は教科書に載ることとなり、しかもその教科書で勉強したという少年にライブで出逢ったそうだ。テレビで見たことがある芸人より、カッコいい話ではないか。

 昨今ではSNSでウケ狙いなのか目立ちたいのか、線路に立ち入ってみたりスーパーの店内で踊ってみたりと炎上騒ぎを起こす輩が絶えないが、炎上する理由は、ひとえに矜持も覚悟も人情も無いからであろう。コラアゲンは、そんな輩とは違う。いつだって本気で挑むから、ホームレスに弟子入りしたときにも「いったい何があったんだ?」と心配され諭され、その人柄ゆえか「一生の付き合いになりそうだな」と言われるほど、人から愛される芸人なのである。怖いもの見たさの野次馬根性で読み始めた本書だが、道徳の授業の副読本に推薦したいくらいだ。読者が変な趣味に目覚めやしないかという点が、やや心配ではあるけれど。

文=清水銀嶺