移動距離1万7000キロ以上&乗車時間300時間以上! 62歳のバックパッカーが鉄道でユーラシア縦断

社会

公開日:2016/7/15


『ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行』(下川裕治:著、中田浩資:写真/ KADOKAWA)

 以前、アメリカ人の知人と話していた時に、「君たちほど世界中を旅する国民はいないと思う」と言われたことがある。学生時代に海外で語学学校に通っていた時、ある日本人女性が今まで旅行した国を挙げて、アジアや様々な国から来ていたクラスメイトが驚いていたこともあった。一昔前までは、海外旅行なんて簡単に手が出るものではなかったが、気づけば大学生でもアルバイト代で海外に行ける時代になっていた。

 とはいえ、気軽に旅行できる場所は限られてくる。言葉や治安の問題、予算など、理由は様々。今は無理でも、いつか行ってみたい場所がある方は多いのではないだろうか。新たな旅行先を見つけたいと思っている方もいるだろう。

 そこで、オススメしたいのが『ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行』(下川裕治:著、中田浩資:写真/ KADOKAWA)だ。

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 タイトルにあるように、移動手段は基本的には鉄道のみ。他の交通手段の方が便利な場合でも、可能な限り鉄道を使う。著者の下川氏は、これまでにもアジアを中心に旅をしており、著書も多数出版されている。

 そんな下川氏が62歳にして挑んだのが、ユーラシア縦断鉄道旅行。シンガポールからロシア領ムルマンスクまで、1万7745キロを列車で駆け抜けた。乗車時間だけでも、308時間21分と、13日近くを列車で過ごしたことになる。

 シンガポールからマレーシア、タイ、ミャンマー、中国、モンゴル、ロシアと列車で移動したのだが、日本とは勝手が違う。列車は必ずしも定刻に発車しないし、国境越えに苦労することもある。ミャンマーから中国には入国できず、帰国を余儀なくされることもあった。その時は、一度日本に戻り、改めて中国から旅を開始しなくてはならなかった。

 異国の地では、思いがけないところで大変な目に遭うことも多い。旅慣れた下川氏も、様々なピンチに遭遇したが、特にきつそうだったのが、列車の座席のダニとの戦いだ。しかも、一等のアッパークラスを選んだことが仇となってしまう。問題は座席の素材。普通席はベンチのような木製の椅子なので、座り心地はともかくダニの心配はない。一方、一等はクッションのある椅子になっており、きちんと手入れされていない状態で、ダニが繁殖していたのだ。その結果、下川氏は何十箇所もダニに刺されてしまい、しばらく痒みと戦うことになった。

 今回の旅で下川氏選んだルートは、あるテーマに沿ったものだった。それは、茶葉が運ばれた道。主に中国からだが、立ち寄った先で茶市場を訪れ、茶の歴史について詳細な説明も盛り込まれている。それぞれの国の歴史についても、下川氏が詳しく解説しており、単なる旅行記を超えた一冊となっている。

 本書のもうひとつの魅力。それは写真だ。旅の始まりから終わりまで、カメラマンの中田氏が同行しており、旅先での様々な風景がおさめられている。美しい景色や地元の人々、現地の食事やダニに刺され痒みに耐えながら列車で横になる下川氏など、数ページめくるごとに旅の様子が目に飛び込んでくる。

 楽しいだけの旅ではなかったかもしれない。しかし、列車で移動し、宿や食事にも必要以上にお金をかけないというスタイルを貫いているため、現地の人々の生活の様子を垣間見ることができる。

 旅に出たいけれど時間がない方、列車の旅に憧れるけれどなかなか踏み切れない方、異国情緒を感じたい方や歴史に興味がある方など、幅広くオススメしたい一冊。本書を手に取り、旅気分を味わってみては?

文=松澤友子