世界は戦争状態なのか? テロとの戦争とは?「戦争とは何なのか」を考える【著者インタビュー】

社会

公開日:2016/8/15

『戦争とは何だろうか(ちくまプリマー新書)』(西谷 修/筑摩書房)

 7月1日にはバングラデシュのダッカ、14日にはフランスのニースでのテロが起き、23日にもドイツのミュンヘンで銃乱射事件が起こっている。多くの血が流れ、何人もの命が奪われているのに、もはやその現実が珍しくない状態になってしまっている。

 世界は今、戦争状態なのだろうか? 確かにシリアでは空爆が続いているが、日本の本州で生活していると、「戦争なんてどこの話?」と思ってしまうこともある。そもそも戦争って、どんな状態のことを言うのだろう?

 そんな疑問から、『戦争とは何だろうか(ちくまプリマー新書)』(西谷 修/筑摩書房)を手に取った。著者で立教大学特任教授の西谷 修さんは、民衆の自発的な隷従が圧政を生むことを分析した『自発的隷従論』(エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ/筑摩書房)の監修者として知られている。他にも多くの著書を出版しているが、意外にも新書はこれが初めてなのだそうだ。なぜテーマに戦争にしたのだろうか?

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「私は戦争について書きたかったわけではないのですが、自分の研究(戦争論や世界史論など)が戦争絡みなので、そこから離れられなくて。しかしアメリカで9.11が起きた時、あの事態は一体何だったのかを見通せた人はほとんどいなかったように見えたので、『ならば自分で書かないと』と思ったんです。それ以後も『テロとの戦争』のことについてなかなか理解が深まっていないので、これは分かりやすく書いておいた方がよいだろうと」

 本書は戦争という言葉がどう使われてきたかに始まり、グローバル化以降は日本人が「戦争」と聞いて想像しがちな国家間の争いではなく、

「戦争はどんな風になったかというと、軍事力による人間の純然たる殺戮、殲滅行為になりました。『テロリスト』と呼ばれる敵は、敵としての資格もないし、人間として向き合う必要もない、極悪非道で抹消すべき対象でしかないとされます。〈略〉そうして国家がいわば私人を相手に『戦争』をするようになりました」

ということについて触れている。そして西谷さんは

「現在起こっている戦争というのは大体そういう形です。だから、わたしたちがこれから直面するのも、主としてそういう戦争なのです」

とも語っている。

 だとすれば世界は今まさに、戦争状態だと言えるのかもしれない。ではなぜ、今や戦争は「こういう形」になってしまったのか。それは核兵器を使ってしまうと、世界そのものがなくなってしまうから。しかしそれ以前に、国家間戦争が起こるようになったのはそう昔のことではない。世界が国家に区分される状態になったのは17世紀半ばのヨーロッパのことで、もっとずっと以前から戦争そのものは起こっていた。けれども私たちが「戦争」と聞いて思い浮かべるのは、この近代以降の国家間戦争のイメージなのだ。

 この本はヨーロッパに視点を置き、戦争の歴史と背景を描いていて、日本の戦国時代などがほとんど出てこない。そこには、どんな理由があるのだろうか?

「日本の戦争史をほとんど入れていないのは、日本人が想像する戦争のイメージが、もはや通用しないから。そして世界がグローバル化していくプロセスはヨーロッパから始まるから、ヨーロッパの話をしないと、世界の構図が理解できないんです。

とはいえ、日本人の戦争に対する幻想については触れています。私も子供の頃、お国のために身を犠牲にするのは美しいことだと思っていました。でもそれは幻想で、たとえば沖縄の鉄血勤皇隊(10代の学徒兵)やひめゆり部隊をどう見るか。沖縄戦では、現地で徴用された人たちは訓練をきちんと受けておらず、武器もないまま、手りゅう弾で『斬り込み』を命じられていました。これは今のアフリカ諸国における少年兵や、自爆テロとどう違うのか。もちろん時代も背景が違うから、同一だとは言えません。しかし人が持つ究極の善意や犠牲心は圧倒的な圧力のもとで利用されるのだということ、そして『コナトゥス』(生存に固執し、存在し続けようとする傾向、生き続けたいと思うこと)を否定することは、少年兵や自爆テロに限らない。それに気づかないと、現代の戦争が理解できないと思います」

 なぜイスラームの信仰を持つ者が、ヨーロッパ各地でテロを起こすようになったのか。個人的には9.11以降に頻発しているように思っていたが、冷戦の終結と無関係ではなく、もっと言うとイラン革命が起こった1979年頃から、「こうなる兆し」があったそうだ。

「ベルリンの壁が崩壊して社会主義への信用が失われていく過程で、民衆は日常生活に根を張っていた『信仰』に依拠するようになりました。イスラーム圏でもイラン革命が起こって、それまでの親米政権が倒されて民衆は自分たちの信仰を拠り所にするようになりました。その流れもあってパレスチナでもPLO(パレスチナ解放機構)が頼りにならず、代わってイスラーム系組織のハマスが力を持つようになった。これがイスラームの政治化や過激化と言われていることの基本構造です」

 日本に住んでいたら理解が難しい出来事でも、世界の流れで捉えると異質ではない。むしろマンガなどに登場する「戦争のイメージ」こそが、現実と合わなくなってきている。それに気づくことは「未来の大失敗」を防ぐことにもつながると、西谷さんは言う。

「特攻とか祖国のために玉砕するとか、そんな視点で戦争を受け止めることは全くの見当違いで幻想でしかありません。でもそんな幻想に生きる者たちを利用して、自分たちの権力基盤の支えにしようとしている為政者たちが、今この時代にもいます。誰かのために命を捧げる犠牲心そのものは否定しませんが、『美しい』といった倒錯したイメージに引きずられてしまうと、20世紀初頭と同じ大失敗を皆がしてしまう。それを防ぐためにも、世界の戦争の現実を知ることは大事だと思います。

 もちろんこの本だけで、戦争のすべてを語りつくせたとは思っていません。それでも100年後に再読しても違和感なく読めるものにしたつもりですので、まずはこれで戦争の現実を知って、物事の考え方の参考にしてもらえればと思っています」

取材・文=朴 順梨