ユーモアたっぷりの自撮りが大人気! 88歳の写真家・西本喜美子さんの体当たり写真集【著者インタビュー】

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公開日:2016/8/30

『ひとりじゃなかよ』(西本喜美子/飛鳥新社)

 写真を語る上でよく使われる表現に「窓派」「鏡派」というものがある。「窓派」は要するに窓のごとくレンズを外界を映す手段に使い、「鏡派」はレンズに自分の内面を映し、自己を表現する手段に使うというものだ。

 西本喜美子さん(88歳)の写真は、言ってみれば「どっちも派」だろう。ブラジル生まれの熊本育ち。美容師と競輪選手を経て72歳で始めた彼女の写真は、少し前からネットニュースなどで大いに話題になっていた。その理由は「高齢者の作品だから」ではない。「単純に面白い」からだ。

 鼻にマジックを挿してバカボンパパの様相を呈しているもの、スコップでカチ割られている(ように見える)もの、

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思いっきり車に轢かれている(ように見える)もの、燃えるゴミの回収袋に入って神妙に収集を待つもの……。


「身を挺して写真に挑み、笑いを取りに行く米寿女性」の生み出す作品は、セルフポートレートの第一人者シンディ・シャーマンが見てもギョッとしそうな出来栄えになっている。

 そんな西本さんの作品を集めた『ひとりじゃなかよ』(飛鳥新社)が発売になった。さぞやスラップスティックな笑いにあふれているだろうと思っていたが……。

「一緒に熊本弁で遊ぼかね」

という言葉で始まる「フォトエッセー」の章をめくると、

どぎゃんしたと?
なんば悩みよっと?
誰も見てくれんけん 寂しかと
奇麗じゃなかけん 相手にされんと

そぎゃんこつなかよ
あんた奇麗かよ
元気だしなっせ
私はあんたが一番好きたい
(一番好き)

「一番好き」(『ひとりじゃなかよ』より)

のように、自然をモチーフにした温かみのある写真と、優しい熊本弁の詩が掲載されていた。もちろん西本さん自身が「自分でも笑える」と言っているセルフポートレートも収録されている。まさに彼女にとって写真は、「窓」であり「鏡」であるようだ。ではどちらの写真を撮っているほうが、より楽しいと感じるのだろうか? 本人に尋ねると

「どっちも好きですよ。面白いって思って好きなように撮ってますね」

と返ってきた。

 セルフポートレートは72歳で入塾した、息子の西本和民さん主宰の写真塾「遊美塾」の課題だった。

「他の人とは違う面白いことがしたいと思っていましたが、あんなのしか思いつきませんでした。加工したほうが面白いから、イラストレーターやフォトショップの使い方を覚えたんです」

と語る通り、作品は74歳で始めたmacを駆使して仕上げている。

最近の悩みは「あまり歩けないから、生徒のみんなについていけない」ことだが、「でも先生(息子の和民さん)の言うことを聞いて、みなさんから助けてもらってるからですね、辛くないです」と、身体が言うことをきかなくなってきても、あくまで写真には前向きだ。

 西本さんが写真を始めたきっかけは、友人に強引に誘われて和民さんの写真塾に通い始めたことだった。夫も写真が好きで家にカメラがあったことも功を奏したが、夫婦で写真について話したことはなく、「写真を始める」と言ったら、夫は喜ぶどころか怒ったそうだ。しかし重い機材を駆使して撮影する西本さんに「少し軽いカメラ」と三脚やマクロレンズ、露出計などをプレゼントしてくれた。その夫には先立たれてしまったが、写真集は全面にわたって夫への愛に満ちている。そして同時に、和民さんへの感謝にも満ちている。というのも喜美子さんの写真が注目されたのは、和民さんが写真をネットに公開したことに端を発しているからだ。

「彼女は私のいちばんの代表作品です。まさか世界中から注目されるようなこんな怪物になるとは思ってもいなかったね」(和民さん)

 和民さんは母の人気に驚きながらも、「これはイケる」と、かつてB’zなどのCDジャケットを手掛けていた敏腕アートディレクターのカンが働いたのだろう。しかし喜美子さんに特別な才能があったからではなく、写真はすべての人に可能性が開かれているとも語る。

「母が72歳から写真を始めたように、年齢は関係ないんです。写真には上手い下手はあるけど、良い悪いはないから。何歳からでも挑戦してほしいし、『ひとりじゃなかよ』を読んで、人生はまだまだこれからと感じてほしいです。100歳でも88歳でも年齢は関係ないと感じて、何かに挑戦してほしいですね。始めたいと思ったときが始める時ですよ」(同)

 ただ笑えるだけではなく、ただほっこりするだけでもない。90を間近に迎えた喜美子さんの「体当たり」は、「年を取るのは怖いことではない」と思わせてくれる。そしてインスタグラムなどで「カワイイ自撮り」の披露ができなくなっても、写真は自分のものだから、何歳だろうと誰だろうと好きにしてOKというメッセージも伝わってくる。自撮り=カワイイ・美しいだけが正解ではない。喜美子さんの作品を見ればきっと、誰もがそんな希望を持てるはずだ。

取材・文=玖保樹 鈴