よく耳にする「腸内フローラ」って、結局なんなの?

健康・美容

公開日:2016/9/3


『やせる!若返る!病気を防ぐ!腸内フローラ10の真実』(NHKスペシャル取材班/主婦と生活社)

「腸内フローラ」という言葉を一度は耳にしたことのある方も多いのではないだろうか。腸内フローラとは、私たちの腸のなかで腸内細菌たちが作っている生態系のこと。健康や美容のカギを握る存在として今注目を集めている存在である。なんでも肥満や、顔のシワ、糖尿病の発症などにも関わっているらしい。

 本書『やせる!若返る!病気を防ぐ!腸内フローラ10の真実』(NHKスペシャル取材班/主婦と生活社)は、この「腸内フローラ」というものの存在を日本で初めて大々的に取り上げた、NHKの医療ドキュメンタリー番組『腸内フローラ 解明!驚異の細菌パワー』を書籍化したものである。番組で取り上げた内容を単純にまとめただけでなく、放送時間の制約から割愛せざるを得なかった情報も盛り込まれている。健康美容系のムックにありがちなキャッチーなタイトルに反して、本文のはしばしから「腸内フローラについて、現時点で分かっている正確な情報を全部伝えたい」という番組制作スタッフの並々ならぬ熱意が伝わる力作でもある。

 腸内細菌というと、これまで便秘など腸の健康と関係している菌というイメージが強かった。しかし最新の研究によって、腸内細菌、そして彼らの生態系である腸内フローラは、腸どころか、人体のあらゆるところに影響を及ぼしているということが明らかになってきた。

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 私たちの腸壁に形成されている、腸内フローラ。そこに生息している細菌たちは、神経伝達物質や短鎖脂肪酸などさまざまな物質を生産して、内臓や神経、脳などに働きかけをおこなっているらしい。その結果、免疫系や自律神経といった身体の各システムや、感情のコントロールをも含む脳の働き、さらには、肥満やがんや糖尿病などが発生するメカニズムまでもが、腸内フローラの支配を少なからず受けていることが判明したのだ。私たちの健康も美容も、腸内フローラにいる細菌の種類やバランス次第。腸内細菌は、私たちのお腹の中に勝手に住み着いた客人ではない。むしろ私たちがマトモに生きていくために必要なパートナーだったのだ。

 科学者の間でよく使われている格言に、「腸内フローラは臓器だ」というものがある。人体の中でさまざまな役割を担っている腸内フローラを、同じく人体を構成する不可欠のパーツである臓器にたとえた表現である。

今まで人類は、腸内フローラという重要な臓器を見逃したままで、人体の仕組みを考えていました。「新しい臓器」がひとつ見つかったと思えば、医療のあらゆる分野で新発見が続いていることも当たり前と言えるでしょう。

 さらに本書によれば、腸内フローラは人体の一部であるどころか、それぞれの「個人」というものを形成している生命体そのもの、といってもいい存在であるらしい。というのも、人間は周囲の環境に合わせて進化を遂げることで生き残ってきた。が、これらの環境の変化に対応した遺伝子を持っているのは、人間の側とは限らない。共生している腸内細菌の遺伝子を自分のもののように活用しているケースもたくさんある。他の動物の場合も事情は同じだ。コアラがユーカリの葉を食べられるのも、日本人だけが海藻を消化できるのも、みんな腸内細菌の持つ遺伝子のおかげである。つまり、人間が進化の過程で、その個性として獲得してきた遺伝子のなかには、腸内細菌のものも含まれている。遺伝子レベルで見れば、「個人」という存在は、人間と腸内細菌の遺伝子の集合体ということになるのだ。「腸内細菌と人間が一体となって、初めて1つの生命体として成立する」――少なくとも、研究の第一線に立つ生命科学者たちはそう考えている。

 著者も巻頭で述べているように、腸内フローラはいっときの流行りものとして、忘れられてしまうような健康情報とは次元の違うトピックスである。この研究を通して分かりかけていることは、「従来の人間観をくつがえしてしまうような本質的で革命的な話」なのだ。健康効果など興味を引きやすい身近な話題から、人と腸内細菌の織り成す壮大な生命のドラマにまで迫る本書。流行のキーワードをとりあえず押さえておきたい人はもちろん、純粋に知的探求心を満たしたい人にもおすすめの1冊だ。

文=遠野莉子