災害大国・日本から身元不明遺体を減らすために出来ることとは? 歯科医師が考える、身元確認作業の「これから」

社会

公開日:2016/9/12


『3.11 Identity 身元確認作業に従事した歯科医師の声を未来へ』(JUMP(Japanese Unidentified and Missing Persons Response Team/BookWay)

 マイナンバーカード。皆さん、失くしていませんか? 私のところにも届いたんですが、うっかり紛失してしまいそうで、日々ヒヤヒヤしています。小さな紙に書かれた12桁の数字が個人を特定してしまうなんて、少し前のSF小説を読んでいるようで、何だか恐ろしい感も…。

 自分が自分であることを証明する要素のことを、アイデンティティと呼びますよね。日本語だと自己同一性という訳を当てられますが、実は英単語のidentityには、人やモノの正体とか、身元という意味もあるのだそうです。

3.11 Identity 身元確認作業に従事した歯科医師の声を未来へ』(JUMP(Japanese Unidentified and Missing Persons Response Team)/BookWay)は、そのタイトル通り、東日本大震災における、犠牲者の身元確認作業にあたった歯科医師の体験を綴ったブックレットです。

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「身元確認」とは、現存する体の一部や痕跡などから、それが誰のものかを識別すること。人間の歯や口腔内の状態を医師が記録した「歯科所見」と呼ばれるデータが、身元確認に有用であるという事実が広く普及するきっかけとなったのは、今から31年前に起きた日航機墜落事故でした。

 航空機事故による死者が発生した場合、その身元確認は、発見された遺体が、搭乗者名簿のうちの誰に当たるかを特定する作業となります。とはいえ、収容された遺体の多くは、大破に近い状態。墜落現場で火災が起きたこともあり、全身が焼け焦げているケースや、頭部が損傷していることもあったそうです。

 そんななかで役立ったのが、遺体の歯や顎の骨から得られる情報でした。搭乗者名簿を元に入手した歯科診療記録と、遺体の歯科所見との比較によって、多くの遺体が名前を取り戻すにいたったのだそうです。

 しかしこの時、身元確認作業にあたった歯科医師からは、問題提起もおこなわれました。そのうちのひとつが、デンタルチャートと呼ばれる歯科所見の記録様式が、全国的に統一されていないということでした。大規模な災害が起きた場合、現場には身元確認作業のため、全国から歯科医師が集うことになります。不慣れな様式への記入や、使用する用語の意味合いの微妙な違いが、身元確認の精度に影響すると指摘されたのです。

 それからおよそ10年後の1995年、阪神・淡路大震災が発生します。この地震では火災による被害も大きく、犠牲者の身元確認には、日航機墜落事故の際と同じく歯科所見が大きな手がかりになると考えられていました。

 しかし、いざ作業を進めてみると、新たな問題が発生します。なんと、医院によっては短期間のうちにカルテを処分してしまっていたほか、医院自体が倒壊や火災に見舞われ、歯科診療記録が取り寄せられないという事態が相次いだのです。そのため当時の関係者からは、歯科情報の全国的なデータベース化の必要性を訴える声が上がりました。

 そして2011年、東日本大震災が発生します。1万5000人を超える死者を出したこの震災でも、多くの歯科医師が遺体の身元確認作業に携わりました。

 そこで明らかになったのは、これまでの災害における身元確認作業の教訓が、ほとんど活かされていないという事実でした。遺体安置所ではデンタルチャートの不統一による問題が発生し、また、犠牲者と思われる方の歯科診療記録の取り寄せにおいても、津波による消失が次々と判明したのです。

 なぜ、このような事態に陥ってしまったのでしょうか。鶴見大学歯学部講師であり、東日本大震災の直後から被災地での身元確認作業に従事した勝村聖子氏は、本書のなかで次のように述べています。

そこには「死」を想定した準備をご法度する、この国の風習があったのかもしれません。しかし5年前、現実にそれは起きました。しかも「想定外」「未曾有」と言われる規模で襲いかかってきたのです。そして近い将来、更にこれを上回る災害が起きることを、誰もが覚悟しています。臭いものに蓋をするのではなく、あえて嗅ぎ、あの時のことを思い出さなければなりません。

 平時から身元不明死体が多いといわれる日本。その現状を変えようと努力を重ねる歯科医師たちの声とその取り組みを、この本を通じて知ってほしいと思います。

文=神田はるよ