「大規模開発の動きはチャンス」奇跡の自然を守った、神奈川県の常識破りの自然保護運動とは?

社会

公開日:2016/9/11


『「奇跡の自然」の守りかた 三浦半島・小網代の谷から』 (岸由二、柳瀬博一/ちくまプリマー新書)

 自然保護・環境保全運動といえば、「自然は手付かずのままに!と訴える」「レジャー施設建設などの大規模開発には断固反対」といった活動をイメージする人が多いだろう。だが、『「奇跡の自然」の守りかた: 三浦半島・小網代の谷から』 (岸由二、柳瀬博一/ちくまプリマー新書)で描かれる、著者たちが取り組んできた保全活動はその正反対のものだ。

 「小網代(こあじろ)の谷」とは、神奈川県三浦半島の先端にある、70haのひとまとまりの自然環境のこと。山のてっぺんから川の源流~河口まで、流域のすべてがまるごと自然のまま守られている点が特徴で、このような環境を持った場所は首都圏には見当たらないという。

 その保全運動は1980年代前半から始まったが、時は日本がバブルへと向かう時期。小網代でもゴルフ場開発の計画が持ち上がっていたが、保全運動をしていた著者たちは、その動きを“チャンス”と捉えたそうだ。

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 というのも、当時の小網代はほとんどが私有地で、自由に宅地を造成できる市街化区域。放っておけば個々の地権者が開発を進めてしまう状況だった。だが、大規模開発の計画が持ち上がるのであれば、「流域まるごと」の保全へと舵を切ることも容易となる……と著者たちは考えたわけだ。

 さらに「ゴルフ場には反対しつつも自然重視の開発には賛成」といった柔軟な姿勢を保ち、過度な政治運動化も避けたことから、環境保全の考えは行政側や開発者側にも徐々に浸透。小網代は保全の方向へと動いていく。

 また小網代の森を2014年7月から一般開放するにあたっては、事前に「川の流路の変更」「水系を覆う藪の除去」「樹木の整理」などの整備を実施。それにより生物の多様性は一気に回復し、尾瀬のような美しい湿原ができあがったそうだ。

 このように自然に積極的に手を入れて、環境を整備していく過程からは、「里山の美しい自然は人の手入れなしには維持できない」という実情も伝わってくる。実際、小網代の下流部も1960年代までは田んぼだった地域。その後は水田が放置され、2000年代には人も入れない荒れ放題の状態になっていたそうだ。

 なお小網代の森が一般開放されてから、最寄駅の京浜急行三崎口駅の利用者は急増しているという。

 大規模開発の動きにも上手く寄り添い、自然を人の手で整備して環境を整える。その自然を多くの人に見てもらうことで、保全に関わる自治体や企業も潤い、保全活動を応援する人も増えていく……。「自然を守れ!」「環境破壊反対!」と声高に叫ぶよりも合理的で、結果的に自然もしっかり守れる環境保全運動のあり方を、本書は提示している。

文=古澤誠一郎