ギャグ漫画家からストーリー漫画家へ転身!? 50男の漫画家リスタートは成功するのか?

マンガ

公開日:2016/9/30

『マンガ家再入門(1)』(中川いさみ/講談社)

『論語』によれば「五十にして天命を知る」という。簡単にいえば自分の使命が何であるかを理解した、ということだ。昔はそのようであったかもしれないが、どうやら現在は少し様子が異なる。

 中川いさみ氏という、デビュー30周年を迎えた漫画家がいる。『クマのプー太郎』『大人袋』などのギャグ漫画で人気を博したベテランだ。御歳50を越える氏ならば当然、今後もギャグ漫画界で読者を楽しませてくれるのが「天命」と普通は考えるだろう。しかしなぜか本人は「ストーリー漫画が描いてみたい!!」と思ってしまったのだ。『マンガ家再入門(1)』(中川いさみ/講談社)は、ギャグ漫画家がストーリー漫画で再デビューを果たすという野望を中川氏がドキュメント形式で描いた作品である。

 なんかもうこの時点で「漫画のためのネタじゃないの?」と邪推してしまうが、漫画のオビにはあの大友克洋氏が「本人は確かにストーリーマンガを描くと言っています」と太鼓判。無論、オビに並んだ言葉を鵜呑みにするほどウブではないが、何はともあれ読んでみないことには始まらないのも確かだ。

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 本の内容を簡単に説明すると、ストーリー漫画でリスタートを考える中川氏が、第一線で活躍する大家たちにその真髄を聞いていくというもの。本気度はともかくとして、取材した顔ぶれがとにかくスゴイ! 『アキラ』『童夢』などで知られる大友克洋氏から始まり、『鉄コン筋クリート』『ピンポン』の松本大洋氏、『あしたのジョー』『おれは鉄平』のちばてつや氏など、ビッグネームが居並んでいる。正直、これで「やっぱりネタでした」なんてことになったら本気で怒られそうだ。

 まあ再デビューはともかくとして、ストーリー漫画の大家たちが語る「漫画論」には興味を惹かれる。大友克洋氏の回で興味深かったのは「話の構成を見開き単位で考える」ということ。30ページなら見開きで15シーンとし、クライマックスにどのくらいのシーンを使うかを決めてから全体を構成すると、最後にページが足りないということがなくなるのだ。そして「おれのかっこいい絵を見せる!」という情熱を持って描かなければダメなのだという。ロックミュージシャンの「俺の歌を聴け!」みたいな無謀なエネルギーこそが、漫画を描くモチベーションとなる。なんかすげえカッコイイぜ!

 あと、作家の話を聞いてその内容を自分なりに分析する中川氏の見解も面白い。ちばてつや氏の回で「キャラクターに何をやらせたら面白いか?」という話になり、自分の子供の将来を考える心情に似ていると思い至る。しかし一方で、主人公には冒険してほしいが自分の子供は安定した人生を送ってほしいもの。ゆえにキャラクターは自分の子供ではなく「近所のちょっと心配な子供」という距離感で考えるべしという結論に。よく「キャラクターは息子も同然」という発言を耳にするが、案外と中川氏の感覚のほうが近いような気がする。自分の子供が苦しい目に遭うのは、心情的に辛いだろうし。

 この他、弘兼憲史氏の回で『島耕作』シリーズのベースには白土三平氏の『忍者武芸帳』があるという秘話が飛び出したり、松尾スズキ氏や山口晃氏といった漫画家以外も取材したりするなど、単なる漫画創作論では終わっていない。一応、この作品の着地点としては著者がストーリー漫画を描くことなのだろう。しかし巨匠たちの創作テクニックを知ることができるだけで、実は十分に有益といえなくもない。ストーリー漫画家として再デビューにも期待はするが、一方でこの「さまざまな作家に話を聞く」シリーズを長く続けてほしいという希望も、より強くなってしまったのである。

文=木谷誠