江戸時代にポップコーンは存在していた? 馬のタテガミを食べた? 時代小説作家が綴る古今東西の食の愉しみ

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13

『昔ごはん、今ごはん』(松井今朝子/ポプラ社)

 キユ ーピー3分クッキングのテキストで連載されていた人気エッセイが文庫になって発売された。『昔ごはん、今ごはん』は(松井今朝子/ポプラ社)は『吉原手引草』(幻冬舎)で直木賞を受賞した作家・松井今朝子による食にまつわるエッセイ集だ。

 京都・祇園の日本料理屋で育ち、子どものころから喰い意地が張っていたと自負する著者は食への造詣が深い。少女時代の思い出や、京都ならではの食べ物、京都から東京へ移住したときのエピソードなどを、時代小説の資料の文献から得た知識を交えてユーモラスに時にシニカルに綴っている。

梅花のごとき江戸の菓子

 ポップコーンといえば今どきの食べ物という印象だが、江戸時代にはすでに存在したらしい。大坂の医師が編纂した『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』という百科事典の中にとうもろこしの粒を平たい素焼きの土鍋で煎ると「粒々脹れくじけて梅花様の如く、味もろく美なり」と記されているという。

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 弾けた白い実を梅の花にたとえる昔の人の感性もさることながら、この記述からパンパンと一斉に弾け飛ぶポップコーンに驚く人々の姿を楽しむ著者の想像力にも感心させられる。

恵方巻はコンビニ商法の賜物

 節分といえばコンビニでも売られるほど一般的になった恵方巻。関東では近年、突如として出現した感があり関西から来たものかと思いきや、京都出身の著者に言わせると全く馴染みのないもので、大阪の一部の船場商人の間で流行った風習だそうだ。

 江戸時代の節分に関東関西を問わず広く食べられていたのは麦飯で、山芋のとろろ汁か鰹の煮出し汁をかけて食べていたらしい。大坂から江戸に移住して東西の文化の違いを書き残した喜田川守貞の随筆『守貞謾稿(さだもりまんこう)』にその記録が残っているという。

 京都の旧家には恵方の鴨居に棚を吊るしてお供えをする恵方詣りという風習があるそうだが、それすらも廃れてしまった今日に恵方巻を流行らせたコンビニ商法のたくましさと現代人の乗せられやすさに驚異を感じずにはいられないと著者は述べている。

食べてみたい!馬のタテガミ

 著者が初めて馬のタテガミという珍味を食べたとき のエピソードだ。タテガミって毛じゃないの?と首をかしげる著者の前に供されたのは白いラードの塊のような物体。口に含むと脂っこさは一切なく、やや硬い生麩のような歯ごたえでいつの間にかすうっと溶けて、後にはほのかな甘みがあるという。本書の挿絵とあとがきマンガを担当した川口澄子氏もすっかりハマってしまったらしい。

 乗馬が趣味で馬を愛する著者も、ブラッシングしながらのタテガミの生え際をつまんでおいしそうだなぁとつい眺めてしまうというから、一度食べてみたいものである。

 食べ物を通して今と昔、東と西を比べてみると様々な違いに驚かされるばかりで、歴史や文化の背景がなかなか興味深い。食の愉しみが広がる一冊だ。

文=鋼みね