ヘイトデモから守るものは「街の日常」――新聞記者が見た、ヘイトデモに正面から抗議した住民達の姿とは?

社会

更新日:2016/10/28

『ヘイトデモをとめた街 川崎・桜本の人びと』(神奈川新聞「時代の正体」取材班:編/現代思潮新社)

 私の祖父母はかつて、神奈川県川崎市の桜本というところに住んでいた。しかし大学生の頃に相次いで亡くなり、以来足が遠のいていた。

 産業道路に程近く、町工場や小さな家が並んだ桜本は戦中・戦後から一貫して在日コリアンが集住する地域になっている。そんな桜本でヘイトデモが行われると聞いたのは、2015年11月のことだ。それまでもヘイトデモは川崎市内で起こっていたが、ほとんどが駅前近くでのことで、桜本に来ると予告されたのはこれが初めてだった。

 身を寄せ合うように暮らしていた祖父母の顔が浮かび、胸が締め付けられた。しかしその日は地方にいたため、抗議に駆けつけることもできなかった。じりじりしながら当日を過ごしていると、日頃ヘイトデモへのカウンター(抗議)をしている知人から「地元の人の抗議がすごかった。結局、桜本は通らなかった」という連絡が届いた。

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ヘイトデモをとめた街 川崎・桜本の人びと』(神奈川新聞「時代の正体」取材班:編/現代思潮新社)は、この日以来ヘイトデモに正面から抗議してきた、桜本の住民達の姿が描かれている。

 全体に流れているのは、執筆をメインで担当した神奈川新聞・石橋学記者のヘイトスピーチへの「怒り」だ。彼は共同体を破壊するかの如きヘイトスピーチに怒り、デモ参加者を必死に守って抗議者を無法者扱いする警察や、「レイシストもカウンターもどっちもどっち」「あんな乱暴な物言いでは共感は生まれない」と冷笑しながら通り過ぎる、傍観者達にも静かに怒っている。そしてその怒りの矛先は、川崎市とて例外ではない。

 今年1月31日に桜本界隈で行われたヘイトデモに対して、市民団体が対策を講じるように求めても、市人権・男女共同参画室の室長は当時「何がヘイトスピーチなのか判断が難しい」「法に触れているわけではないので、それ以上の対応は難しい」という反応を示した。デモ現場に市職員は誰も訪れず、非難するどころか向き合おうとすらしなかった。その時のことを石橋記者は、こう描いている。

見られよ。「朝鮮人は出て行け」と連呼しながらへらへら浮かべる、決して目の奥は笑っていないあざけりの笑いを。合法を誇り、高揚した顔で街中を闊歩するさまを。
見よ。この街に暮らす家族、友達を思い、「差別をやめろ」と叫ぶ少年をトラブル防止のためと脇に追いやり、結果、レイシストが差別をする自由を守る機動隊の列を。
そして知るのだ。その様子を遠巻きに眺めているだけの、その他大勢の存在を。あるいは、反対している人も乱暴な言葉を使って、これじゃどっちもどっちだな、と冷や水を浴びせ、だからといって別の方法で差別を食い止めようとしない積極的な傍観を。

ヘイトデモから守るものは「この街の日常」

 石橋記者は2013年頃からヘイトデモの取材に足繁く通い、ヘイトスピーチ解消法が審議されていた2016年春の参議院法務委員会も、毎回傍聴していた。彼は日本人男性で、ヘイトスピーチを浴びる立場にはない。自分には関係ないとスルーすることだってできたのに、時にデモ隊から罵声を浴びても、最前線で取材を続けてきた。それはおそらく、目の前で起こっていることを見過ごせない記者の矜持ゆえだろう。そしてもう1つ、「川崎市ふれあい館」の存在があったからではないか。

 1988年、桜本に社会学習施設と児童館の機能を持ち、さらに学童保育や学習サポートをする「川崎市ふれあい館」という施設ができた。もともとは在日コリアンと日本人の交流の場として作られたが、現在の桜本にはフィリピン人や日系人、中国人などさまざまな人が暮らしている。言葉の壁に直面し、生活習慣に戸惑う彼らに寄り添い、地域の一員として迎え入れてきた。ふれあい館の職員や日頃利用している住民達こそが、ヘイトデモに抗議した地元の人達だったのだ。

 その抗議の輪の中に、ふれあい館職員で在日コリアン三世の崔江以子(チェ・カンイヂャ)さんと息子の中根寧生さんがいた。中学生なのにひるむことなく大人たちに「差別をやめろ!」と叫ぶ寧生さんと、涙をいっぱいにためながらもヘイトデモ参加者との対話を諦めない江以子さん。2人の姿は各メディアで取り上げられ、のちに国会議員を動かしヘイトスピーチ解消法の成立へと繋がっていくのだが、石橋記者は江以子さんと寧生さんを決して特別なヒロインやヒーローのように扱っていない。地元桜本を愛し、地域の人とともに歩み、誰もが存在していい社会を目指す「共に生きる仲間」として描いている。

「守られたのは在日コリアンの子どもたちというだけでなく、この街の日常。差別をするひどい人たちが来れば私たちは抗うけど、その場限りの勝った負けたじゃない。へこたれないで粛々と日常を送ることが大事だとあらためて思った」

 江以子さんも、2度目のヘイトデモ阻止後にこう語っている。ヘイトデモから一体何を守るのか。それは「在日の方々」だけでは決してない。すべての子ども達と、地域に住む人達の静かな日常なのだ。桜本の住民達は自分達の力で必死に戦い、決して諦めることがなかった。その熱意が社会を動かしたのだ。げんに解消法成立後は川崎市も態度を変え、6月5日に予定されていたヘイトデモへの公園使用許可を取り消している(主催団体は川崎市内の別の場所に移動してそこでデモを行おうとしたものの、これも中止に追い込まれた)。

 私の祖父母は20年以上前に亡くなっているから、ふれあい館に通っていたかはわからない。しかし共に生きる仲間が桜本にいたから、安心して過ごすことができたと信じている。とはいえ桜本は1つの事例に過ぎず、これは「いい話」で終わるものではない。なぜなら排外主義的な差別煽動は、今なお全国で起こっているからだ。

 差別煽動を見聞きした際、自分ならどうするか。怒りをもって抗議に加わるか、見て見ぬふりをするか、カウンターの態度をあげつらい「あんなやり方ではダメだ」と冷笑して通り過ぎるか。この本は桜本で起こったヘイトデモを通して「あなたはどうするのか」を、1人1人に問いかけているのだ。

取材・文=碓氷連太郎