本が売れない時代に出版社をつくった人たち。右肩下がりの時代だからこそ、できることとは?【著者インタビュー】

ビジネス

公開日:2016/11/4

『小さな出版社のつくり方』(永江朗/猿江商會)

 少し前に内田樹さんの『困難な結婚』(https://ddnavi.com/news/317465/a/) を紹介した。この本は2007年に創業したアルテス・パブリッシングが出版していて、同社は『魂(ソウル)のゆくえ』(ピーター・バラカン)や『はじめての編集』(菅付雅信)などのヒット作を生み出している。しかし会社を作ったのはわずか2名、しかも自分達で登記をして自宅をオフィスにしていた、「小さな出版社」なのだ。

 新刊市場が縮小し、「本が売れない」時代と言われている。そんななかでアルテス・パブリッシングに限らず、1名ないしは数名で出版社を始める人たちがいる。永江朗さんの『小さな出版社のつくり方』(猿江商會)は、21世紀に入ってから事業を始めた11社、12名の声を取り上げている。ちなみに猿江商會も社長の古川聡彦さんが1人でなんでもこなす、ひとり出版社だ。古川さんは光文社を経て、『ジーニアス英和辞典』を刊行する大修館書店で広報・宣伝を担当していた。独立して2015年春に猿江商會を作ったタイミングで、永江さんは本にすべく取材を始めたそうだ。そこで永江さんに、「小さな出版社をつくる醍醐味」について、お話を伺った。

著者:永江朗氏

「古川さんとは辞書のキャンペーンなどでお会いする機会があって、以前から何か一緒にやろうと話していました。彼から流通を大手取次ではなくトランスビューの注文出荷制を使うことや、この制度の参加社が集まって近刊情報のDMを書店に送っている話などを聞いて、『今は出版と本の流通の仕組みが変わる潮目にいるのではないか』と感じ、小さな出版社について書きたいと思ったんです」

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大手取次に頼らない、独自の流通方式

 トランスビューとはこの本でも紹介されている、小さな出版社の一つだ。ベストセラーとなった『14歳からの哲学』(池田晶子)などを手掛けてきたが、他の出版社と共同で出版案内を書店に送り、注文があれば書店に届ける流通の代行もしている。猿江商會をはじめこの本に登場する共和国や『サバイバー』(マルセーラ・ロアイサ)(https://ddnavi.com/news/325166/a/) の“ころから”など、35社がこのシステムに参加している。理由は大手取次が厳しい条件を提示したといったネガティブなものもあるが、注文を受けて出荷する方式であれば、必要以上に在庫を抱えなくても済むからだ。

「新刊をどの書店に何冊送るかは、大抵は出版社ではなく取次が決めています。都会の大きな本屋にはたくさん置いてあるのに、地方の書店には1冊も入荷されないことがよくあるのは、それが理由です。取次は書店から商品代金を回収して出版社に支払い、返品代金を出版社に代わって書店に支払う、決済・金融の代行もしています。だから返品があればその代金を出版社は取次に支払わなくてはいけないけれど、さらに別の本を発行して相殺することが多い。本が売れないのに発行点数ばかりが増えていくと、出版社は結果的に自分たちの首を絞めることにもなりかねません。2016年に入って太洋社と大阪屋という2つの取次が消滅しましたが、取次を中核にしたシステムはもう、時代の変わり目を迎えているのかもしれません」

 それにしても本が売れない時代に出版社を立ち上げるとは。なんとチャレンジャーな……と個人的には思うが、永江さんは取材をしていて、「けっこう明るい気持ちになった」そうだ。

「今回取材した皆さんは、他の仕事をしていても成功しただろうなと思う方ばかりでした。たとえばコルクの佐渡島庸平さんは『ドラゴン桜』(三田紀房)や『宇宙兄弟』(小山宙哉)をヒットさせてきた編集者で、鉄筆の渡辺浩章さんも、光文社の敏腕編集者でした。なのに彼らは、居心地も給料も良い大手を離れて起業を選びました。そんな姿を見ていたら、『人間ってお金のために働くわけではないんだな』って思ったんです。経済学的な成功とは別の道を見出す人が、出版業界にはいるんだなって。売れる本を作ってお金が入ることだけが正解ではないと気づけたから、明るい気持ちになれたんです」

出版社は難しくなく作れて、本は永遠に残る

 では小さい出版社ならではの良さがあるとすれば、それは何なのだろうか?

「共和国の下平尾直さんがインタビューの中で、
『売れるとわかっていても、やっぱり人をだまして儲けるような本は出したくありません。10万人も私と同じ考えの人がいる世の中は気持ちが悪いじゃないですか。1000人がちょうどいいと思いますね』
と言っていますが、良さをわかる人だけわかってくれればいいって考えは傲慢といえば傲慢だけど、それで本が出せるのは小さな出版社ならではですよね。

 また小さな出版社なら企画から発行まですべて1人でやれる上に、歴史に残るものが作れます。たとえば食べ物は作らなくなったら終わりだけど、本は市場から消えたとしても、図書館や誰かの本棚にはずっと残ります。個人で永遠に残るものを生み出せる仕事は、他にはなかなかありませんよね」

 各自がどのように会社を作ってきたかは同書に詳しいが、気になる創業資金について永江さんは、「いい車を1台買える予算があれば、出版社は作れる」と語った。必要最低限の紙代や印刷代を確保して、最初の1年間経営を維持できるお金があれば、なんとかやっていけると見ているそうだ。

「手持ち資金がなければクラウドファンディングを募ることもできるし、兼業する方法もあります。SPBSは渋谷のヒカリエに出店している雑貨店が好調ですし、夫婦どちらかは別の仕事をしている人もいます。『この事業しかない』としがみつかなければ、出版社は難しくなく作れるものなんです」

「この人の本が読みたい」「こんな本が世にあれば」……。本への情熱と少しのチャレンジ精神&お金があるなら、出版社を始めるのも確かにいいかもしれない。

「でも一人で始めるなら、『死んだ後どうする?』は、考えておいた方がいいかもしれないですね。他の出版社と協力して在庫があるうちは売り続けてもらうとか、後のことを考えておく必要はあるかもしれません(苦笑)」

取材・文=玖保樹 鈴