労働者階級から感じる欧州を揺るがす新しい風。その動向から日本は何を学ぶべきか?

社会

公開日:2016/11/16

『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)

 欧州が揺れている。スコットランドの独立投票にパリ同時多発テロ、そしてイギリスのEU離脱と連日のように大きなニュースが日本にも伝わってくる。日本人としても対岸の火事として眺めるだけでなく、激動の欧州から学ぶべきことがたくさんあるはずだ。

 そして、そのためには表面的な報道ではなく現地に漂う時代の空気を理解することが必須である。『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)は英国在住20年になるライター兼保育士のブレイディみかこがYahoo!ニュース個人などで発表してきた2014年から2015年の現地レポートをまとめた一冊だ。自らを「下層」と分類する著者だが、そこには日本人が同じ言葉を使うときに発生する自虐の響きは一切ない。むしろ、「下層」だからこそ聞こえる欧州の声が本書には詰まっている。

 著者が報告するイギリスの現状は日本にも置き換えられる問題ばかりだ。ホームレス対策としてマンションの外部スペースに鋲を打ち、玄関が所得によって分けられるほどに広がる格差社会。イギリス人になじみの深いサンドウィッチやチキンを移民労働者に作らせることへの反感。非正規雇用の増加により週2回しかシフトに入れない人々。こうしたイギリスの窮状を招いたのは、民主主義と新自由主義の停滞だと著者は分析する。民主主義に固執するがあまりどの政党も強いリーダーを確立できなかったし、新自由主義の暴走によってスーパーリッチ層100人の総資産が最下層の資産1800万人の総資産とほぼ同額になるほど格差社会は進行した。そして、イギリスではこの二つに立ち代わる政治の登場を願う声が下層から叫ばれるようになった。

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 そこで本書には、イギリスの現与党である保守党以上に存在感を示している二人の政治家がたびたび登場してくる。まずはスコットランド独立問題でイギリスに確固たる姿勢を示したスコットランド国民党党首、ニコラ・スタージョン。そして保守党に次ぐイギリスの第二党、労働党党首のジェレミー・コービン。二人に共通しているのは極端に左派へと振り切れた政治信条だ。「デモ隊の大学生が叫んでいる言葉」のような揺るぎない社会主義思想を前面に押し出す二人は90年代なら嘲笑の的にされていただろう。そんな二人が若者を中心に求心力を得ている現在のイギリスからは「中道」という政治理念の低迷が窺える。そして右や左に関係なく、真の意味で国民のためになる政治を本気で国民が求めているのだ。そのムーブメントはスペイン、ギリシャでも顕著になっていく。

もはやこれは「右と左」の構図ではない。欧州は「上と下」の時代だ。

 日本人の多くには伝わってこない欧州の現状に対する著者の興奮が、本書からはダイレクトに伝わってくる。そこには著者の生い立ちも関係している。貧しい家庭に生まれ育った著者は、肩身の狭い思いをしながら日本で生きていた。日本では貧困を恥とする価値観があり、下層民はゴーストのように扱われる。労働者階級が目に見える形で存在し、そこに属する人々が誇りを持って生きているイギリスに来て著者は「楽になった」という。著者は堂々と労働者階級を名乗り、階級を代表して文章を綴っている。だからこそ、労働者階級を圧迫する現政権に反感を抱き、スタージョンやコービンのような新しい風に期待を寄せているのだ。

 そして、本書の終盤で著者は日本に思いを馳せる。2015年以降、日本でもデモに代表されるクラウド型の政治運動が大きく注目されている。しかし、雲(クラウド)のように集まり散っていくクラウド型に対し、イギリスではコービンが勝利した労働党党首選などでグラスルーツ型の政治運動が実り始めている。草の根(グラスルーツ)のように地域に貢献し、できることから社会を変えていこうとしてきた小さな運動のことである

ふだんは議会政治とはパラレルに、オルタナティヴな活動をしているように見える草々の根が、あれよあれよという間につながって全国規模に広がる巨大な根っこになったのである。

 著者は祖国の日本にもグラスルーツがあるはずだと考える。その思いは著作『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)にも反映されていく。欧州の新しい風を現地で吸収している著者の目に日本はどう映るのか、これからも注目だ。

文=石塚就一