武士言葉でやわらかメール? 締切を迫る時は「刻限でござる!」で円満解決! 毎日使える?!『武士語事典』

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公開日:2016/11/21

『武士語事典 使って感じる日本語文化の源流』(宮越秀雄/明窓出版)

 ビジネスメールは、用件を伝えるための手段だ。いちいちやり取りの文章に感情を動かしてはいけないのだろう。しかし、わかってはいても、受け取ったメールにイラっとしたことはないだろうか。邪険に扱われたような気分になったり、腹が立ったりした経験だ。おそらくメールを送った人は、まったくそのつもりはない。むしろ早めに知らせたいという厚意から書いた文章かもしれない。受け取る側の感情が安定していないことの表れだろうかと自分を省みつつ、逆に、自分の書くメールが送信先の感情を逆なでしているかもしれないと思うと恐ろしくなる。

 正しいメールマナーについては、webサイトや社会人一年生向けの研修本など、多くの教えが世に出ているので、それらに学びを委ねたい。ここでは、ちょっと変わった角度から、メールの文章をやわらかくする方法を試してみた。参考にしたのは『武士語事典 使って感じる日本語文化の源流』(宮越秀雄/明窓出版)だ。タイトルに「事典」と名が付くものの、冒頭の文章には「本書の目的は単なる知識としての武士語の理解ではありません。日常の会話、文章(メールも含む)に武士語をさりげなくちりばめることにより、ちょっと気取った面白さを演出できるのではないか、それによりかえって文書に潤いが出るのではないか、と想像し、そのネタを提供するというほどの気持ちで著述しました」とある。

 早速、本書掲載の武士語で“相手に期限を迫るメール”を作ってみることに。といっても、現代語とあまりにもかけ離れた語句を使ってしまうと、相手に意味が伝わらないし、ただの知識のひけらかしになってしまう。ポイントは2つだ。ひとつ目は、現在の言葉に近く相手に通じるものを使うこと。2つ目は、語尾を「ござる」「じゃ」などに変えること。例えば、「提出期限は明日の午前10時です」を、武士語に書き換えると、「刻限は、明日の巳(み)の刻でござる」となる。刻限とは、定められた時刻のこと。時間については、相手とのすれ違いを生まないように午前10時のままでも充分だろう。

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 早く出せと催促するために期限を知らせる時は、どうしても感情の波が立ちやすい。だがこんな文面で締切を迫られたら、くすっと笑って頑張れそうな気がする。著者は、「改まったことを言う場合にでも、武士語を混ぜるだけで軽いユーモアになり、過度の緊張をやわらげる効果」があるという。

 では、現代の日常語に武士言葉を交ぜることが、相手への威圧感軽減につながるのはどうしてなのだろう? 考えるに、いつもの日常が、少しだけアニメやゲームなどの虚構に近くなった気がするからではないだろうか。このちょっとした変換が、どっぷりと浸かった毎日の“普通”から自分を引き離し、距離を作ってくれる。離れて見てみると、自分のことにも、普通だと思っていたことにも、ユーモアが生まれてくるから不思議だ。そもそも、武士の言葉とは、普段は地域の言葉、いわば方言で話していた武士たちが他藩の武士等と話すときの公用語として作り出されたもの。謡曲や幸若舞を真似て、意識して使われるようになった言葉なのだ。土地と生活から自然に発生したものではないので、もともとの発生から、フィクション感を含んだ言葉なのだ。

 本書には、他にも「いかほど【如何ほど】」「こころえる【心得る】」「さしたる【然したる】」「ざれごと【戯言】」など、耳にしたことがある語句がたくさん載っている。聞いたことがあっても、意味を正確には知らない言葉たちを、ここであなたのボキャブラリーに加えてみてはどうだろう。依頼などの難しい局面など、言葉に遊びが欲しいところで使ってみてほしい。とはいえ、ある程度人間関係が出来上がっていないと、いきなりの武士言葉は地雷の元。まずは親しい同僚や家族とのやり取り一語を、武士語に置き換えてみてはどうだろう。メールに限らず、会話にもぜひお試しあれ。

文=奥みんす