「憎しみは時空のへだたりが育てるもの」争う徳川と豊臣、両方の血を引く姫の数奇な一生を描く感動歴史超大作!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13

『梅もどき』(諸田玲子/KADOKAWA)

「史実」という「点」でしかない事実をフィクションに落とし込み、一つの「線」として「物語」になっているのが時代小説だと思う。『梅もどき』(諸田玲子/KADOKAWA)は、その中でも類まれなる完成度の高さと肉厚なストーリーに思わず引き込まれた作品だった。

舞台は慶長5年(1600年)関ケ原の合戦直前から始まる。この合戦は石田三成と徳川家康が兵を挙げ、日本を揺るがす大きな戦となるはずだったが、勝者は家康の勝利であっさりと幕を下ろす。
「お梅」は父親が石田三成側に付いたため、「敗者の姫」として不安な逃亡生活を送っていた。そんな日々も、とある出会いが彼女を思いも寄らぬ人生に導き、終止符が打たれる。

梅は豊臣家と徳川家、どちらの血も引いていたため様々な思惑の下、政治的に利用され、家康の側妾となることに。自分の父の敵、閻魔のごとき相手だと思っている家康の側妾になるくらいなら死んだほうがましだと嘆くが、亡き父親の菩提を弔う許しを得るため、彼女はこの運命を受け入れる。

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しかし、暫くして彼女は家康によって家臣の本多正純に「下賜」される。そして、正純の妻となるのだ。

これだけ書くと、梅を運命に翻弄された「悲劇」の女性だと思うだろう。政治の道具であり、男に蹂躙される悲しき姫だと。しかし、本作は踏みにじられる女性の一生を描いているわけではない。反対である。父親が死んだ遠因となった男の側妾になり、その家臣の妻になっても、彼女は決して「折れなかった」。運命に立ち向かった。本作は力も自由も財力もない戦国時代の女性が、したたかに、清らかに、美しく、自分の信じた道を歩む「本当に強い女性」を描いた物語なのだ。

そもそも、「歴史好き」でなければ時代小説は面白くないと思っている人もいるだろう。事実、一部の歴史好きにしか支持されない時代小説は存在する。しかし本書はそうではない。「歴史好き」はもちろんのこと、興味がなくとも胸を震わすことができる。なぜなら、本作は戦国時代でも、現代でも変わらない「大切なこと」を、登場人物たちを通して感じることができるからだ。

お梅は語る。「憎しみは時空のへだたりが育てるもの。旦那さまとわたくしだって元は敵味方だったのです。でも、互いを知ることで変わりました」と。

作中には正純を憎んで命を狙っていたという踊り子の「キク」という女性が重要人物として登場するのだが、彼女はお梅のそういった志を受け、憎しみや怨みの感情を捨てる。キクは、読者だ。梅の清らかでしたたかな生き方に胸を打たれる、読者の分身のようなものだ。

人の心には「どうしても許せない」と、誰かを憎む気持ちが生まれることもあるだろう。けれど、その感情を「くだらない」と思わせてくれる。読者の価値観を180度変えさせる数少ない時代小説だったと思う。だからこそ、きっと、長く読み継がれる作品になるのではないだろうか。

文=雨野裾