現代のオタク×19世紀ウィーン作曲家!? 「非モテの元祖」ブルックナー様に学べ!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『不機嫌な姫とブルックナー団』(高原英理/講談社)

 19世紀のドイツ・ロマン派を代表する作曲家の一人、ヨーゼフ・アントン・ブルックナー。特に交響曲に優れ、オルガニストとしても活躍……と聞くと、単に“クラシック音楽界の偉い人”という感じだが、この人にはもう一つの顔があった。それは“非モテキャラ”。当代のオシャレでエスプリの利いたクラシック作曲家たちと比べて、見た目も性格も田舎者丸出しで鈍臭かったブルックナー。多くの若い女性に求婚するも全て拒絶され、生涯独身を貫いたことが史実として残されている。

『不機嫌な姫とブルックナー団』(高原英理/講談社)は、そんなブルックナーの音楽と生きざまをこよなく愛する3人組のオタク「ブルックナー団」(タケ、ユキ、ポン)と、たまたまコンサートで一緒になった図書館バイト“代々木ゆたき”との交流を描いた作品だ。ひょんなことからゆたきは、タケが書いた〈「ブルックナー伝」(未完)〉なる自作小説を見せられる。史実をベースにしたこの作品は小説内小説として登場するのだが、これが実に傑作。 華やかな都ウィーンで、田舎者丸出しであたふたするブルックナーの様子を面白おかしく、でも大真面目に描くのだ。

 ダメっぷりが特に強調されるのが、〈「我が秘法なる嫁帖」〉という部分。ブルックナーは、自分の教え子だろうが歳の差がいくつあろうが、16、7歳くらいの美少女と見るや即、求婚。そしてその女性たちのことを都度〈嫁帖〉に書き留めた。女性ごとにナンバリングし、年齢、容姿、胸の大きい小さい(!)、持参金の額まで記録する。ただし最後には必ず〈拒絶された〉〈即座に断られる〉の記録が。当然である。それでもブルックナーは〈嫁帖〉を眺めては〈永遠に若く美しく愛らしい、架空の嫁たちに囲まれている気になった〉のだった……。

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 それにしても、タケはなぜかくもイタいエピソードで小説を書くのか。それは、ブルックナーが彼らにとって憧れのヒーローではなく、心の拠り所だから。彼らは、冴えない、モテない、劣等感の塊みたいな自分たちにモーツァルトみたいな生の喜びに溢れた音楽を聴く資格はないと思っている。ポン曰く〈「野暮で鈍重なブルックナーだけがちょうど似合い」〉なのだ。〈「ブルックナーについて話しているときだけはね、他の場みたいに『どうせ僕なんか』って気にもならずにもの言えるわけ。何でかな、ブルックナーは僕たちの隠れ家って気がすんのかな」〉。

 初めはオタクと同類にされるのを嫌がっていたゆたきだが、「ブルックナー団」の活動、特にタケの小説に接するうち、自らの境遇とブルックナーの境遇とを重ねあわせ、無骨だけどひたむきな彼の生きざまに励まされていく。彼女には、かつてあきらめた夢があったのだ。読者も、タケの書く小説が第三章、四章と続くにつれ、“イタい人”だったはずのブルックナーをだんだん応援したくなってくる。どんなときも懸命に音楽と向き合ってきた彼が、どのようにして大作曲家として認められていくのか。タケの小説自体、章が進むにつれて書き方が上手くなっていくという、著者の演出も心にくい。

 ブルックナーという〈「隠れ家」〉を見つけたオタクたちの行動が、不機嫌だったゆたきの心に前向きな変化をもたらしていく。その連鎖が心地よい。

文=林亮子