このタイトル以外には考えられなかった――『夫のちんぽが入らない』著者インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

 ごく普通の主婦・こだまさんがこの冬、初めての著書を出す。

 タイトルは『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)。文字通り、夫の、ちんぽが、入らない、ということを嘆く実話をもとにした私小説である。いわゆるよくある倦怠によるセックスレス、というわけではなく、本当に、物理的にも精神的にも“入らない”こだまさん夫婦。夫のちんぽが入らないとは比喩でもなんでもなく、交際を開始した当初から一度もまともにできていないのだ。

 そんな日々を描いた『夫のちんぽが入らない』の部数が、初版3万部に決まったという。通常、初版部数といったら5000部前後。1万部を超えないことのほうが多い。もともと多くのファンを持つような芸能人や「出せば売れる」著名な作家ならまだしも、無名の新人のデビュー作としては驚くべき数字である。

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 著者のこだまさんに話を聞いてみた。

「ちんぽ」という言葉の持つ意味

――まず、やっぱり、タイトルのお話から伺わせてください。私は最初、Twitterでこだまさんやご著書のことを知ったのですが、タイトルのあまりのインパクトに思わず二度見してしまいました。

こだまさん(以下、こだま) これはもともと文学フリマに出す同人誌で書いていたもので、タイトルもそのときに考えました。このテーマで書くと決めたときから、かなり深刻な内容になるだろうなと思っていたので、タイトルはちょっとふざけた感じにしたかったんです。

――確かに、結構ヘビーな内容が書かれていますよね。タイトルが面白いので、もっとポップな内容かと思っていたのですが、驚きました。

こだま そうなんです。それに、「ちんぽ」って語感もちょうどよかったんですよね。「男性器」などと言うと敢えて隠しているような感じがして逆に恥ずかしくて、だからといって、「ちんちん」なんてそんなかわいいものでもないですし。

――なるほど……。それで「ちんぽ」。

こだま タイトルだけでなく本文でも何度もこの言葉を使っていますが、重い内容の中に「ちんぽ」という言葉が交ざっていると、ふわっと軽くなって、悲惨さを薄めてくれるようにも思いました。

――おっしゃる通りですね。ちなみに、社内で反対はされなかったのでしょうか?

こだま 担当編集の高石さんは一時期、「このタイトルが会社に受け入れてもらえないなら行商で配って歩く」とまで言って、半ば無理やり企画を通してくださったみたいで。

高石さん(以下、高石) 社内で孤立しがちな僕には根回しという器用なことができませんので、「このタイトルで出せないなら他の版元に話を持っていく」とゴネました。大人げなかったな、と今では反省しています。

こだま 大勢を相手に戦ってくださってありがとうございます。大変でしたよね……。

高石 「このタイトルだと書店で置いてもらえない可能性すらある」と言われましたが、僕はこのタイトルであることにすごく意味があると思っていて。中身を読んだら、変えようと思っても、変えようがないんです。これを超えるタイトルなんてないですよ。超えるものがないのに変えるのは、編集者としてできないですから。

――作品を読む前と読んだ後ではタイトルの受け取り方が全然違う感じがしたのが印象的でした。読む前はただただ面白いタイトルだと思ったのがいい意味で裏切られたといいますか……。読んだ後はもう、このタイトルじゃなければならない、と強く思いました。

高石 「売れるためにタイトルを変える」ことは大事だと思います。会社からしたら当然です。でも僕はそのこと以上に「ちんぽをそのまま出す」ことが大事でした。手に取った方々が、いい意味で裏切られたらいいなと思っています。

こだま ボツになるかもしれない、と思いながら書いていたので、こうしてこのままのタイトルで出すことができて、本当にありがたいです。

ずっと自分の中にしまっていて書けなかった

――もともとは同人誌の作品だったとのことですが、これだけのことを書き切るのは勇気もエネルギーも要ることだと思います。どういうきっかけでこのテーマで書こうと思ったのでしょう?

こだま その同人誌は4人で作ったのですが、私以外の3人がみんな面白いものを書く人たちで、一緒にやらせてもらうんだったら何か身を削ったものを書かなければ、と思ったんです。それで、今までずっと自分の中にしまっていてブログにも書けなかったことを、思い切って書いてみることにしました。

――今まで書けなかったことをさらけ出すのに挑戦できたというのは、何か自分の中で整理がついたタイミングだったのでしょうか?

こだま そうですね。悩んでいたのは10代から30代前半くらいまでで、これを書いたのは39歳。その頃にはもう夫との性行為が一切なく、自分とはある意味無関係な問題のような感覚で、かなり客観的になれていました。それに、同人誌の規模だから書けたのもあります。ブログに書くと全国のたくさんの人が見る可能性がありますが、同人誌なら買ってくださった100人とか200人くらいに知られる程度ですので。

――そうなんですね。でも結局、全国に向けて出版することに……。

こだま こうなるとは予想してなかったです……。最初にお話をいただいたときは、家族のことを無断で書いていますし、すぐにはお返事をできなかったです。けれど、本人特定に至りそうな具体的なところを少し変えれば出せるかなと思って、“私小説”という形になりました。体験したこと自体は全部本当のことです。

――ええ、じゃあ、作中に「アリハラさんという男性と一緒に登山をしたら山頂で突然目の前で自慰を始めた」というエピソードがでてきますが、これも実話……? これ結構、衝撃を受けました。

こだま はい、実話です(笑)。山に対して異様に性的興奮を覚える方でしたが、なぜそうなのかは恐くて聞けませんでした。

――性癖って色々なんですね。

こだま もう今はアリハラさんとは交流はないんですけどね。メールをすると、山に誘われてしまうので……。

ほかの人とはできるのに……なぜか夫とだけできない

――こだまさんは、事情はほかの方々とは異なるかもしれませんが、一応セックスレスということになりますよね。離婚の原因のほとんどがセックスレスとも言われていますが、夫婦間でそういう話には一度もならなかったのでしょうか?

こだま そうですね。ただ、ほかのセックスレスの夫婦と違っているのは、私たちの場合、最初はできていたのに回数が減っていったとかではなく、そもそも最初から一度もできたことがないんですよね。

――ああ、そっか、できないことを承知でご結婚されたんですよね。

こだま でも私は30代の頃、いま離婚したら夫は別の人とやり直して子どものいる家庭を築くことができるのかな、と実はちょっと考えていたんです。私はこのまま子どもがいなくてもよかったのですが、夫は子どもがほしかったでしょうし、それは申し訳ないなと思っていました。周囲には単に子どもがなかなかできない家庭だと勘違いされて不妊治療も色々勧められましたし。

――別の人とはできて夫とだけがなぜかできない、と作中で書かれていましたが、本当に不思議ですよね。

こだま どうしてなんでしょうね。夫はとても大きいので、物理的に難しいというのはあると思いますが……。頑張って入れようとしても流血してしまいますし、夫とだけ何度やってもなぜかできないことが私の中でストレスにもなっていて、次第にそれ自体が苦痛になっていたんですよね。

――最初は物理的なことが原因で、徐々に精神的な苦痛も加わって余計に悪循環だったのかもしれないですね。

こだま Twitterなどでいただいた意見や感想の中には、処女膜ナントカ症なんじゃないか、というのもありました。処女膜強靭症だったかな。なんで病院行かないんだろう、って結構言われました。病気なんて自覚は全然なかったですが。

――ダメ元で病院に行ってみよう、と思ったこともなく?

こだま そうですね、なかったです。私は夫としない生活でも充分幸せと思えていたので、わざわざ病院に行きたくないという気持ちもあったのかもしれません。ただ、こんなの私一人だけだと思っていたのですが、意外と同じ体験をしている人はいるみたいで、特設サイトで試し読みをしてくださった方から、「私もそうです」とメールをいただいたこともありました。

――そうなんですね。そういった方はこだまさんと同じように誰にも言えずに抱えているでしょうし、『夫のちんぽ~』が勇気を与える一冊になると思います。

こだま 同じ悩みを抱えている人に何か伝わるものがあれば、書いた甲斐があるのかなと思います。

 こだまさんは本書の最後で、自分の生き方を否定するでもなく、また、子どものいる生活をしきりに勧めてくる周囲の人たちの考え方を否定するでもなく、このように書いている。

私は目の前の人がさんざん考え、悩み抜いた末に出した決断を、そう生きようとした決意を、それは違うよなんて軽々しく言いたくはないのです。人に見せていない部分の、育ちや背景全部ひっくるめて、その人の現在があるのだから。(『夫のちんぽが入らない』p.195)

 ちんぽが入らないことも、子どもがいない生活も、間違ったことではない。人がどのような人生をよしとするかも、そう簡単に否定できるものではない。

 こだまさんがさんざん考え、悩み抜いた末に出した決断であり、そう生きようとした決意が書かれているのが『夫のちんぽが入らない』なのである。

取材・文=朝井麻由美 twitter