悶絶と共感がとまらない大人気料理ブロガー・山本ゆりさんの『スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件』がやっぱり面白い件

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件』(山本ゆり/扶桑社)

 料理ブログは星の数ほどあるけれど、レシピの魅力もさることながら文章の面白さで15万人以上もの読者を持つブログはただひとつ。山本ゆりさんの「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」である。現在、6冊出ているレシピ本「syunkonカフェごはん」シリーズは累計430万部を突破。その人気の秘密は「どこにでもある材料で誰にでもできる料理」なのに美味しくて簡単でちょっとお洒落なところがポイントだ。

 しかし文章は、ブログの冒頭からして「ローリエ、バルサミコ酢、ワインビネガー、ワタリガニ、備中ぐわ、千歯こき…などオシャレな調味料や農具は使いません」といった調子ではじまる。ボケとツッコミ満載の関西人ならではの話芸と、日常にひそむ小さな疑問や不満をすくい上げる山本さんの鋭い視点に、悶絶したり共感したりしながら愛読している女性が多い。

 そのブログで特に反響が大きかった内容と新たな書き下ろしを収録した初のエッセイ集『syunkonカフェ雑記 クリームシチュウはごはんに合うか否かなど』はアマゾンで112件のレビューと星5つを獲得(12月16日時点)してベストセラーに。続く新刊『スターバックスで普通のコーヒーを頼む人を尊敬する件』(扶桑社)も笑いあり涙ありで読みごたえたっぷりだ。

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 たとえば「ティーバッグって1回で捨てますか?」の話では、一回で捨てるどころか「もはやティーバッグを取り出すことすら」なく、飲み干すたびにお湯を足して「色が出なくなったらお箸の後ろでガスガスティーバッグを絞り出している」と告白。「ファッション用語がわからない」の話では、意味不明な女性誌の見出しを羅列。『ピンクなのにコッテリしない秘密です』とくれば「とんこつラーメンか」、『とろみTシャツ』とくれば「水溶き片栗粉か」とツッコミ、『縦ラインを強調すれば、顔も自動的にシャープに』の見出しに「ならんわ!」と容赦がない。

「アイロンがけのコツ」では、どれだけ丁寧にアイロンでシワをのばしてもその間に他の部分にシワがよってしまい「イタチごっこやないか!!」と自分にブチ切れる。「電話が苦手」では、「着信がきて、取って、しゃべりだすまでが嫌なんです。さらっと取られへん」と。その理由のひとつが「楽しい電話なのか、悲しい電話なのか、遊びの誘いなのか仕事の話なのか何もわからないあのプルルルルル……の時間がなんか怖いんです」と知って「私も同じ!」と思う人は少なくないだろう。

 本書のために新たに書き下ろしたエッセイには、独身時代に居酒屋のバイトや求人広告営業をしていた頃の話に、借金を抱えたまま蒸発してしまった父親の話も出てくる。

 飛び込み営業の300軒のリストをもらっても方向音痴で場所がわからず、たどりついたのはたったの2軒。ただの飛び込み34軒。「山本は論外」と会社で言われても連日足が棒になるまで飛び込み続け、「靴底も眉毛も覇気もないわ」と言いながらもあきらめない山本さんの姿に同情しながら、気がつけば自分も励まされている。父親の借金の話はかなりディープな内容だが、2月号(2017年1月発売号)の『ダ・ヴィンチ』本誌の新刊インタビューで山本さん本人は、「みんなそれぞれいろんな事情を抱えながらがんばって生きていますよね。私の話も別に不幸でもなんでもないし、こういうことも当たり前にあるよねっていうことを書きたかったんです」「誰でも性格には明るい部分、暗い部分があるように、自分の人生について不幸な本か楽しい本か書けといわれたら、どっちも書けると思う。ですから今回の本は面白いネタじゃない話をどこまで書けるかチャレンジしたところもあります」と語っている。

 自分のことを、「とにかく何をやっても不器用で失敗ばかり。コンプレックスだらけの人間で自己評価がすごく低いんです」と山本さん。しかし、うまくいかないことばかりの日常をどこか面白がっている山本さんの物の見方、考え方に読者は救われ、ホッとするのだ。

 本書にはエッセイの他にも、おまけの料理レシピ、コラム、山本さん自ら描いたイラストも収録。サービス精神旺盛でどんなことも笑いに転じて前を向く山本さんの本を読めばきっと、寒い冬に冷えて疲れた心もゆる~くほぐれてほっこり温まるだろう。

文=樺山美夏