いつも人生に絶望していたカフカ。彼はなぜ自殺をしなかったのか? 「弱さ」も「矛盾」も否定しない生き方

社会

公開日:2017/1/24

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『カフカはなぜ自殺しなかったのか? 弱いからこそわかること』(頭木弘樹/春秋社)

『変身』を書いた作家のカフカは、いつも死にたがっていた。人生のあらゆる場面で苦悩し、実際に「自殺」という言葉も口にしたことがある。それでも、自殺はしなかった。それはなぜなのだろうか?

『カフカはなぜ自殺しなかったのか? 弱いからこそわかること』(頭木弘樹/春秋社)は、今までにない新しい視点からカフカにきり込み、遺された手紙や日記から「ほとんどいつも死にたいと思っていたカフカが、自殺しなかったという理由」を探っていくことで、現代に生きる私たちに「ヒント」を与えてくれる一冊である。

 なぜ、カフカは自殺をしなかったのか?

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 その答えの前に、カフカのことを簡単に紹介しておこう。

 カフカは1883年に現在のチェコで生まれたユダヤ人。サラリーマン生活を送りながらドイツ語で小説を書いた作家だ。よく知られているのは「朝起きたら巨大な虫になっていた」という衝撃的な状況から始まる『変身』だろうか。彼は40歳の時に、結核で亡くなる。

 カフカの人物像は、遺された手紙や日記、また友人や恋人の言葉からうかがい知ることができるが、とんでもない「絶望名人」だった。

出版していただくよりも、原稿を送り返していただくほうが、あなたにずっと感謝することになります。

 と、出版社の人間に言ったり、

神経質の雨が、いつもぼくの上に降り注いでいます。
今ぼくがしようと思っていることを、少し後には、ぼくはもうしようとは思わなくなっているのです。

将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。
将来にむかってつまずくこと、これはできます。
いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。

 なんて、恋人への手紙で書いたりする。

 カフカの「絶望ぶり」は、本書の著者・頭木弘樹さんの既刊『絶望名人カフカの人生論(新潮文庫)』(新潮社)などを読んでいただければと思うが、とにかくカフカはいつも絶望していたのだ。

 そしてカフカは「ぼくの人生は、自殺したいという願望を払いのけることだけに、費やされてしまった」とさえ書いているのに、ついには自殺をしなかった。

 彼が自殺をしなかった理由。「本書を読み、カフカの人生や考え方を追っていくことで、読者自身で考えてみてほしい」というのが、実は、本書に書かれている「答え」である。

 読み終わった時、「えっ!? 教えてくれないの?」と正直がっかりしたのだが、「簡単には言葉にできないことのほうが多く、しかもそちらのほうが大切」と書かれた一文を読み、自分が「いかにもな現代人」に感じ、少し恥ずかしくなった。

 いつも読んでいる本は「正解を教えてくれる」「高度で科学的な情報を与えてくれる」。それが当たり前だと思っていたし、多くの読者が「そのために本を読む」と感じ、本を作る多くの人たちが「それが本の価値」だと考え、「いかに分かりやすく、答えを提示できるか」を追求して本づくりをしていると思う。

 そんな時代の中で、本書は、ものすごく「異端」だ。

 けれど、「答えが明確でない」ことに価値がないのかと言えば、そんなことはない。適確な言葉で示されなかったことにより、私は「なぜカフカが自殺をしなかったのか」という理由を、自分自身で考え、「自分なりの答え」を出すことができた。それが間違っているか否かは問題ではなく、「言葉にできないこと」を「受け入れて」、そして自分なりの「感じ方」をしたこと。それが、一番価値のあることのように思う。

 カフカの人生はいつも葛藤していて、あやふやだ。

「本を出版したい」という気持ちはあるが、「出版したくない」という気持ちもある。

「結婚したい」と愛する人のことを想うが、「結婚したくない」と迷うこともある。

「死」についても同じで、「自殺したいけど、自殺したくない」という矛盾を抱えていた。

 現代人は「グレーゾーン」を嫌いがちだが、物事のすべてに白黒がつくわけじゃなく、正しいのか正しくないのか、分からないこともあるのではないだろうか。そのことを、カフカの生き方が教えてくれたように、私には感じた。

 もちろん、「なぜ自殺しなかったのか」において、まったく解説がないわけではない。「言葉にできる範囲の解釈」も書かれているので、そちらも参考にしつつ、カフカの絶望的で悲しくて、時に滑稽にすら感じる生き方を、豊富な手紙や資料から追ってみるのはいかがだろう。

 頭を使わなければ、ただの「おもしろいカフカの伝記」になってしまう本書も、あなたが「感じ、考え」始めれば、生きるヒントが秘められた一冊になる。これはちょっとイマドキの本では体験できない、新感覚だと思う。ぜひ、読んでみてほしい。

文=雨野裾