脚本家・田渕久美子 『江~』は夫を亡くした頃に執筆していた

公開日:2012/1/23

 NHK大河ドラマ『篤姫』『江 姫たちの戦国』脚本家・田渕久美子さんが、脚本を書きながら同時進行で書いたエッセイ『毎日が大河』(幻冬舎)を上梓。

 そもそも『江~』の執筆を依頼されたのは『篤姫』の脚本を書き終えた頃。実は当時、田渕さんは最愛の夫をがんで亡くしたばかりだった。
「再婚して2年ですからね、まさかこんなことになるとは思わなかった。私、これまで失恋したことなかったのに、大失恋ですよ。ひとまわり年上の夫は、私を支えてくれるばかりで自分の痛みや苦しみは口にしない、文句のつけどころのない人でした。あの時、何かが私の中でねじきれたのかも知れませんね。大河のあとにまた大河を引き受けるなんて無謀なことができたのも、今思うと、何かしらやらないと、いてもたってもいられなかったんだと思います」

 そして田淵さんは、「どんな時でも自分の人生をめいっぱい楽しみたいだけ」と語る。
「私はすごく怖がり屋で痛がり屋のくせに、面白いことが大好きなんですよ。どんな状況でも、自分の人生をめいっぱい楽しみたいと思う。だからたとえ苦労しそうでも面白そうだって思うとそっちを選んできたんです」

 女だてらに夜も昼もない脚本家稼業を続けるとなれば「子どもなんて持てるわけがない」と同業者は当たり前のように言っていたけれど「諦めたくなかった」。つわりも、書いていると忘れることができた。「苦しみを苦しみで消すやり方を、その時に覚えたのかも知れない」。

advertisement

 かわいいわが子に授乳してる時期だろうと、不倫をテーマにしたドラマの依頼がくる。
「はあ?って思いますよ。でもやるからには子育てを言い訳にしたくなかった。しかも根がクソまじめなものですから、両方完璧にやりたかったんですよ。でもある時、もう無理、そんなこと続けてたら死ぬと思って、そこからひとつひとつ手放していったんです。そうしたら大事なものは私が私らしく生きることと、子どもたちと楽しんで充実した時間を過ごすことしか残らなかった」

 エッセイを読むと、長男も長女も自由奔放な母親に振り回されながらも、負けじとのびのび育っていることが伝わってくる。
「愛されてるなあって感じます(笑)。自分が否定されるのが嫌いだから、子どもたちのことも否定したくない。だからひたすら話を聞くんですよ。子どもに関しては、自分のものだって思ったことがないんです。長男を産んだ時、なんじゃこりゃ!ってビックリして、これは誰かから育てるように預かった生き物だなあと思ったので。いつか世の中にお返しする、そんな気持ちが今もずっとあるんです」 

 多忙を極める母に、娘は「電話がつながらない! 娘よりも男ですか」とのたもうたらしい。
「14の娘にそんなこと言われる母親なのかって、ちょっと落ち込みましたけどね。“男は男でもじじいです!”って言い返してやりました」
 この時、田渕さんは入院中の実父の介護をそう言って笑い飛ばしていたのだと、あとで知った。夫を看取り、父親を看取り、それでもきっとこの人は、大泣きしながらも立ち止まったりはしないに違いない。

(ダ・ヴィンチ2月号 「田淵久美子インタビュー」より)