シンプルライフの最終形態! なぜ今「一汁一菜」がウケているのだろうか?

食・料理

更新日:2017/2/7


『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴/グラフィック社)

 断捨離やミニマリストといった言葉が定着し、「シンプルさを追求した暮らし」はひとつの生活スタイルとして確立されつつある。そうした中で、最近注目を集めているのが『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴/グラフィック社)という書籍だ。物の捨て方にはじまり、クローゼットやキッチンの整理術など、シンプルライフのハウトゥー本はこれまで山ほど発売されてきたが、「食」については意外にも盲点だったかもしれない。

 同書のタイトルが示す「一汁一菜」とは、定義どおり「ご飯・味噌汁・漬物」を基本とした質素な食事のことだ。著者の土井善晴氏はヨーロッパでフランス料理を学んだ料理研究家。フランス料理の華美な世界を知っている著者がなぜあえて「一汁一菜」をすすめるのだろうか。

 同書には「一汁一菜とは、だだの『和食献立のすすめ』ではありません。一汁一菜という『システム』であり、『思想』であり、『美学』であり、日本人としての『生き方』だと思います」といった一文がある。どうやら、美味しさや栄養面だけでなく、日本人の暮らしに合った食生活として土井氏は一汁一菜を提唱しているようだ。

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 その中の考え方のひとつとして、「ハレ」と「ケ」という概念が紹介されている。古来使われてきた 日本語で、ハレは神事などの特別な日、ケは日常のことを指すそうだ。食生活にあてはめると、手の込んだご馳走が「ハレ」で、一汁一菜は「ケ」。手を掛けるものと掛けないもの、暮らしの中にはこのふたつの価値観があり、それを区別することで日本人はけじめをつけているという。「地に足の着いた慎ましい生活と贅沢が均衡するところに、日本人の幸せがある」と、著者は語っている。

 もちろん、そうした思想的な面をのぞいても「一汁一菜」という食生活は、暮らしにとり入れる上で非常に理にかなっている。第一、無数にある料理の中から「今日はなにを食べよう」と、迷わなくてもいいのはすごく楽だ。おかずに悩む労力を他のことに回せると思うと、忙しい現代人にとっても合理的な食事法だろう。また、一汁一菜というシンプルな食事は健康的でもある。質素すぎて栄養が不足するのでは? と、心配する人がいるかもしれないが、同著がすすめているのは「具沢山の味噌汁」。肉・豆腐などのタンパク質や野菜を味噌汁に加えれば、おかず抜きでも十分栄養は補えるという。むしろ、余分な脂や糖質を摂らずにすむのでヘルシーな食生活が送れそうだ。

 一汁一菜といっても、お気に入りの器を使ったり、ご飯を炊き込みご飯に変えるなど、工夫次第でいくらでもバリエーションは増やせる。さらに、味噌汁の具に季節の食材を使えば、シンプルな食事の中にも四季を感じることができるだろう。一汁一菜の暮らしは質素だが豊かでもある。

 ただ、土井氏は「一汁一菜をストイックな食事法として勧めているわけではない」という。毎食必ず一汁一菜である必要はなく、ハレの場面では贅沢したっていいし、家にパンがあればそれを食べたっていい。それでも、「一汁一菜でも十分」という意識があれば、SNSにアップされたオシャレな手料理を見ても「自分も手の込んだ料理を作らなきゃ」と焦ることはないはずだ。毎回きちんと主菜を摂るべき、という意識から解放されるだけでも豊かな食生活になるだろう。

文=田中よし子(清談社)