毛に悩む人々への「啓毛」書!?  薄毛や毛が抜けるメカニズムから治療法まで―

暮らし

公開日:2017/2/24

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    『毛の人類史 なぜ人には毛が必要なのか』(カート・ステン:著、藤井美佐子:訳/太田出版)

 大手かつらメーカーであるアデランスが、経営再建を目指し今年の2月に上場廃止となった。高額な男性用かつらの需要が停滞し、女性向けの装着が容易で低価格なウィッグやつけ毛の需要が伸びて、低価格競争になったことが背景にあるようだ。また私は以前に、ミノキシジル製剤の発毛剤を販売している製薬メーカーの人から、使用を中止すると効果が減退してしまうため継続使用が不可欠だと聞いたことがある。それでも、かつらを作るのに数十万円かかり、メンテナンス費用も必要になることからすると、年間に10万円ほどの発毛剤のほうが安上がりとも考えられ、やはり影響したかもしれない。 かくいう私自身、もはや薄毛では誤魔化せない頭髪の状態なので「そろそろ対策を」とすがったのが、『毛の人類史 なぜ人には毛が必要なのか』(カート・ステン:著、藤井美佐子:訳/太田出版)である。

 著者は20年にわたって医学部で病理学および皮膚科学の教授を務め、アデランスの米国研究所副所長として毛包再生の研究をしてきたそうだ。「毛包」というのは表皮の下に隠れている部分を指し、皮膚から出ている部分は「毛幹(毛繊維)」と呼ぶ。そして図解と文章で示される毛包を含む周囲の構造は案外と複雑で、これは毛が「環境の変化を感知する」感覚器官としての機能を有していることを示している。例えば、「腕に広がる細かい毛は近くを人が通ればその存在を感知」するという具合だ。では、どうして「裸のサル」とも云われるように体毛が薄くなったのかというと、汗腺の一種であるエクリン腺から分泌される汗によって熱を放散することで、大型の脳を発達させることができたからではないかと考えられているそうだ。

 その進化で不思議なのは、脇の下や陰部など皮膚の弱い部分を守る毛は縮れ、目を守る眉毛や睫毛は頭髪に比べて短い周期で生え変わるというように、部位による特性が違うことだ。実はそれこそが頭髪の発毛の研究において難しいところで、毛包の再生を担う幹細胞を皮膚に移植しただけでは新しい毛包は現れず、「毛包上部の表皮幹細胞」と「毛包深部の真皮にある毛乳頭細胞」の2種類の細胞が必要なことまでは突き止めたものの、両者間でどのようなコミュニケーションを取っているのかは未だ不明だそうである。

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 そして、男性型脱毛症の研究を阻む難しい問題が別にある。男性ホルモンであるアンドロゲンの血中濃度がきわめて低いと禿げにくいのだが、そのような対象者を見つけるのはたやすいことではない。ところが、1942年にジェームズ・ハミルトン教授が去勢された男性104人を「発見した」ことで、現在知られている男性型脱毛症のメカニズムの解明が進んだ。ただし、著者の調査によればハミルトンがどこで男性たちを発見したのかは分からず、現在では法的にも倫理的にも許されないことと述べ、読者に「妙な気を起こす人がいるといけない」として、脱毛症を発症してから去勢しても逆行することはできないと警告している。

 どうやら頭髪の悩みを解決するには、まだまだ先が長いようで気落ちしてしまう。ただ、「毛に対する理解の進歩に大きな役割を果たしていたかもしれない」現代コンピューター科学の父とも称されるアラン・チューリングが、同性との性行為で有罪判決を受け女性ホルモンの注射を迫られたという話は悲劇的だけれど興味深く、欧米での人を指す愛称には「ブロンディー(金髪の人)」や「キャロットトップ(赤毛の人)」という呼び方があり、「ボールディ(禿頭の人)」と「スキンヘッド(坊主頭の人)」では呼び分けているというような話は面白かった。

 文化人を気取るわけではないが、人は外見ではなく中身で勝負するものと思えば、頭髪の悩みなど二の次で良いではないか。とまでは、割り切れないんである。とほほ……。

文=清水銀嶺