『騎士団長殺し』発売前に、実在する場所を“村上春樹フィルター”を通して見ると? 村上春樹の旅行記おすすめ4選!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

 いよいよ明日2月24日(金)に発売される、村上春樹の長編小説『騎士団長殺し』(新潮社)。大手書店が発売前のカウントダウンイベントを予告するなど、ハルキスト界隈ではちょっとしたお祭り騒ぎになっています。長編小説が出る度に注目をあつめる村上作品ですが、実は長編の合間にもコンスタントに彼の本は出ていたりします。特に、村上春樹の日常が垣間見えるエッセイはファン必読! さらにその中でも、旅行記はエッセイ特有のゆるさと、「旅」という非日常性のバランスが絶妙。飽きずに一気読みできちゃいます。そこで今回は、村上春樹の旅行記おすすめ4選を紹介!

 

『辺境・近境』(新潮社)

アメリカ、メキシコ、中国、モンゴル、無人島、香川、神戸…まさに辺境から近境まで、様々な土地の旅行記を1冊にまとめています。「たとえ地の果てまで行ってもたぶん辺境は見つからないでしょう。そういう時代だから」なんてあとがきには記されていますが、同書で描かれている旅はかなりハードモード。特に、人民解放軍やモンゴル軍の宿舎に泊まりながらノモンハン戦場跡を訪れた旅行記、「ノモンハン鉄の墓場」はかなりディープな内容となっています。

部屋全体がまるでシェーカーを入れられて思い切り強く振られているみたいに上下に大きく振動していた。 −中略− でもそれから僕ははっと気づいた。揺れていたのは部屋ではなく、世界ではなく、僕自身だったのだということに。

これは、ジープで草原を横断し、ハルハ河(日本軍とソビエト・モンゴル連合軍の戦場跡)を訪れた日の晩に村上春樹がホテルで体験した出来事。フィクションではないのに、どこか現実味を欠いた描写も多く、読者も「辺境」を感じられる一冊です。

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『雨天炎天』(新潮社)

ギリシャ正教の聖地、アトス半島を巡るエッセイ。村上春樹がこの土地を訪れた1988年当時、アトス半島には20の修道院が存在し、2000人もの修道士たちが厳しい修行をしていたそうです。そのなかでも、修道院が密集するアトス山はなんと600年以上ものあいだ家畜も動物も女人禁制!(雄は去勢される)を守ってきたガチ聖地。こうした修道院を泊まり歩きながら山を越える旅は当然タフなもので、パンがまずいだの天気がわるいだの、村上春樹が始終不満をたれているのがまた面白いのです。一方、黒々とした黒衣で真夜中に礼拝する僧侶たちや、祝福を受ける巡礼者たちの描写はとても神秘的。スピリチュアル好きな女子にも読んでいただきたいエッセイとなっています。

 

『遠い太鼓』(講談社)

37歳から40歳を迎えるまでの3年間、イタリアとギリシャで過ごしていたという村上氏。「僕らはあえて言うならば、常駐的旅行者だった」と本文中にもあるように、同書には古都ローマからギリシャの小さな島まで、村上夫妻が各地を点々と滞在する様子が綴られています。スペッツェス島のゴミ出し事情やら、南ヨーロッパのジョギング事情やら、ローマでの運転事情やら、普通の旅行記よりも生活感の強い内容になっていますが、むしろそうした暮らしぶりにも憧れてしまうのです! ちなみに、村上春樹がヨーロッパ滞在中に書き上げた小説は『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』の2作で、「ふたつの小説は徹底的に異国の影が染み付いている」とのこと。こちらの旅行記を読んだあとに、小説2作を読み返すのもおすすめです。

 

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』(文藝春秋)

タイトルにある「するめクラブ」とは、村上春樹氏とエッセイストの吉本由美氏、写真家であり編集者でもある都築響一氏で結成されたサークル(?)のようなもの。そんなアクの強い3人組が国内・国外問わず「ちょっと変なところ」を訪ねて回る旅行記で、三氏の共著なので吉本氏や都築氏のエッセイも読めるお得な1冊。「ちょっと変なところ」というだけあって、名古屋で「甘口抹茶小倉スパ」「しゃちほこ丼」といったメニュー名からしてお察しの料理に挑戦したり、サハリンの港街でトドの大群を見たりと、わりと尖った場所を巡っているのが特徴。海外のハードな旅を綴った旅行記も読み応えがあっていいですが、ゆる~く楽しめる同書もおすすめです。ただし、「どこかしら異界に直結している」名古屋、「さびれてて、静か」な熱海、「東京の裏庭」こと江ノ島と、そこはかとなく厳しいツッコミが入っていたりするので、その土地の人は心して読んだほうがいいですよ!

旅行記は、実在する場所を村上春樹のフィルターを通して見ることができるのも魅力ですね。また、文章の面白さのみならず、その土地にまつわる歴史や豆知識も知ることができるのも旅行記の良さ。むしろ、「村上春樹の小説はちょっと苦手」という人は旅行記から入ってみるもありかも!

文=田中よし子(清談社)