革新的なエンタメ時代小説『躍る六悪人』×大ヒット上映中『宇宙戦艦ヤマト2202』著者同士が小説と脚本について語るクロスイベントへ潜入!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

竹内清人さん

1月上旬に発売された次世代のエンターテインメント時代小説『躍る六悪人』(竹内清人/ポプラ社)を、もう読んだだろうか?(未読の方は、こちらの記事も読んでみてほしい!)

先日2月17日本屋EDIT TOKYOにて、読了の興奮も治まらないままに、著者の竹内清人さんが登場するイベントが開催された。対談の相手は、『亡国のイージス』や『終戦のローレライ』を著した小説家・福井晴敏さん。

福井晴敏さん

このお二人、同年代であり元々「飲み仲間」らしいが、とある共通点が。それは「小説と脚本、どちらも書いていること」。『躍る六悪人』の竹内さんは、元々映画の宣伝マンをしていたが、その後脚本家に。そして本作が編集者の目に留まり「すごい作品がある!!」「ぜひ、出版を!」ということで、小説家デビューとなった。

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福井晴敏さんは小説家として華々しくデビュー。現在は脚本家として大ヒット公開中の『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』(以下、『宇宙戦艦ヤマト2202』)のシリーズ構成・シナリオを手掛けている。

脚本家から小説家となった竹内さん。そして小説家から脚本家となった福井さん。
このお二人が語る「小説と脚本、表現方法の違いとは?」というのが、今回のイベントの趣旨である。

イベントタイトルは「映像と小説の相関、あるいは相克」……文字面だと、難しそうな話をしそうな雰囲気だが、実際のお二人のトークは絶妙だった。

司会者の質問から脱線することもしばしば。いわゆる「業界話」にも花が咲く。そしてビールを飲み、ゆる~く話をしながら笑いを取りつつも、着地点はしっかりと、会場に訪れた誰もが聞きたかったクエスチョンの「アンサー」になっている。私は笑いながらも、真剣に身を乗り出し聞き入ってしまった。

小説と脚本(シナリオ)の違い。福井さん流に言うと、「機関銃と狙撃銃」の違いなのだとか。

壁があるとして、小説はハケでガーッと色を塗るように、すべてを著者が描かなくてはいけない。だが、脚本は要所(ポイント)を打ち抜いていくようなもの。足らない隙間は役者なり演出家なりが埋めていく。小説は主観的で、脚本は客観的という違いもある。それを機関銃と狙撃銃に喩えたところ……私は分かりやすかったのだが、みなさんはいかがだろうか(笑)。

「小説と脚本の表現方法の違い」の他に、お互いが現在手掛けている作品についての裏話も語られた。

江戸版『オーシャンズ11』こと『躍る六悪人』については、「はっきり言って、時代小説じゃない」という驚きの暴露が(笑)。
江戸時代、さまざまな技能を持った「悪党」が、さらなる「巨悪」に挑み、見事に「お宝をゲットする」という、ホントざっくりまとめてしまうとそういったお話の本作。だが、竹内さんとしては、従来の時代小説と思ってほしくないようだ。

 

あくまでエンターテインメントで、時代小説の皮をかぶっているだけ。
娯楽活劇のアクションなので、若い人にむしろ読んでほしい。

時代劇はある意味ファンタジー。時代劇だからこそ言えることがある。

 

その想いから、長い構想期間を経て生まれたのが本作。

ちなみに、竹/内さんは女性を書くのが好きなのだとか。確かに本作には、か弱くても芯の強い女性もいれば、峰不二子のように蠱惑的で敵か味方か分からない、したたかな女性も登場する。性格は異なれど、主体的で「今っぽい」女性キャラクターが登場する。普段は時代小説を読まない若者、女性が読んで「スカッとする」面白さが本作にはあるのも、この女性キャラたちの強さが「いい」のかもしれない。

そして『宇宙戦艦ヤマト2202』の福井さんは、本作の大きなテーマである「愛」について語った。今まで公開されてきた「ヤマト」でも「愛」はテーマのひとつだが、「何への愛だったのか?」は長年ファンの中で討論され続けているという。最新作の「宇宙戦艦ヤマト」に関して、福井さんは自身の見解を語られた。

 

(愛の対象は)国や神、他人、恋人、親子、(さまざまにあり、さらに)エゴに転じて、他者を傷つける場合もある……(今回のヤマトのテーマは)それらを複雑に包括したもの。すべてを合わせた上での「愛」を描いた。

 

「愛」を一元的に捉えるだけでは、長年愛され、何度もリメイクされている「宇宙戦艦ヤマト」という物語を、2017年の今再び上演する理由が「納まらない」のかもしれない。この福井さんの言葉で、『宇宙戦艦ヤマト2202』が今までの「ヤマト」を越えていると確信が持てたような気がした。

『躍る六悪人』と『宇宙戦艦ヤマト2202』の共通点もある。それは「現代の日本社会に通じるテーマ」が内包されていることだ。

『躍る六悪人』の舞台である天保9年は、飢饉による貧困や政治不信が顕著な時代。そして『宇宙戦艦ヤマト2202』は、「震災を経験し、子どもの頃に思っていたのと違う未来を生かされているような気がする。その息苦しさの原因とは? 脱却するには? という一見(宇宙戦艦ヤマトとは)無縁そうなものに、(その想いを)託して描いている」。

『躍る六悪人』『宇宙戦艦ヤマト2202』どちらも目が離せない。今の時代だからこそ、必要とされる注目作だ。

文=雨野裾