吉田修一 新作執筆のきっかけは大阪児童置き去り事件

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/27

デビュー15周年の節目に放つ吉田修一の最新作『太陽は動かない』(幻冬舎)は、まさかのスパイ小説である。執筆のきっかけは、実は意外なところにあった。

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「大阪で起きた幼児ふたりが母親に置き去りにされて死んでしまった事件がありましたよね。誰でもそうだと思いますが、ああいう子どもたちが被害者になったニュースを見ると、胸が潰れるような気持ちになるんです。
だからもしこの作品を乱暴に自分の作品の中でジャンル分けすると、『日曜日たち』と同じ系譜なのかもしれません。『日曜日たち』にも行き場を失くしてさすらっている幼い兄弟が出てきますけど、どういうわけか僕の小説にはああいう存在が影のようにずっと出てくる。
パレード</a』のサトルもそうだし、僕が描いてきたどこか不穏な青年たちも、みんな、この系譜と言ってもいいのかもしれない。だから『太陽は動かない』も、当初は映画で言ったらルイ・マルの『さよなら子供たち』みたいなトーンの作品になる予定でした」

ところがなかなか思うにまかせず、ボツにした作品もあったらしい。

「どうしたらあの悲劇を描けるのか。最初は母親が出ていって、部屋中にガムテープを貼られて、外へ逃げ出せないという状況を、たぶん部屋の外側から見ていたんだと思うんです。でも、ある時ふと部屋の中にいる子どもたちと一緒になって、内側から外を見ることができました。
内側に立ってみると、もうただただ、外に出たい。外に出て遊びたいんです。男の子だからカッコいい車にも乗りたいし、飛行機やヘリコプターや船にも乗ってみたい。そうなんだ、この子たちはただただ外へ飛び出したんだ…そう思った瞬間、ストーリーが全部出てきたような気がします。あとはもう、それを一気に書き続けるだけでした」

〈生きろ。生きろ。生きろ。〉、最終章のタイトルが物語るように『太陽は動かない』は登場人物たちの心に立ち止まる隙を与えない。それは一瞬の油断が死を招くかもしれない瀬戸際で、常に生きるほうを選択し続けなければならないのがスパイの使命でもあるからだろう。

取材・文=瀧 晴巳
(ダ・ヴィンチ6月号「『太陽は動かない』 吉田修一」より)