まつもとあつしの電子書籍最前線Part2(前編)赤松健が考える電子コミックの未来

更新日:2018/5/15

こんにちは。まつもとあつしです。
震災の影響もあり、前回の連載からずいぶんと時間が経ってしまいました。

わたしはこの連休、宮城県の大曲でボランティアをしてきました。そこでもまだ被災地の復旧は道半ばであることを目の当たりにしました。紙やインクの不足も指摘されるなか、電子書籍に対する関心やニーズはまた高まりつつあるように思えます。

今回はコミック、それも広告付きで全編無料で読めてしまうというユニークなサービス「Jコミ」について、代表の漫画家赤松健さんにお話を伺います。

そもそも、日本で「電子書籍」と言えば、iPadやKindleで注目を浴びるずっと以前から、携帯電話でコミックを読むということが当たり前のように行われてきました。その市場も成長を続けており、2009年度の電子書籍市場574億円のうち、コミックを中心とするケータイ向けが513億円(89%)を占めています。

(参考)-INTERNET Watc-日本の電子書籍市場、2009年は574億円~89%がケータイ向け
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100707_379065.html

 
しかし、この市場も頭打ちになると予想されており、今後はスマートフォン、タブレット端末向けへのシフトが進むと見られています。各コンテンツプロバイダーが、ケータイコミックのビジネスモデル(月額課金やポイント課金制)を、この新しいプラットフォームにも適用しようと試行錯誤するなか、漫画家自身が「無料」で、しかもコピー可能なPDFをダウンロード可能にしたJコミは大変な注目を集めたのです。

電子コミックが無料で読める「アルヌール」とは?
Jコミ赤松健さんに聞く

 

赤松健●あかまつけん 1968年7月5日生まれ。93年『ひと夏のKIDSゲーム』(マガジンFRESH)でデビュー。『ラブひな』で第25回(2001年度)講談社漫画賞を受賞。現在、『魔法先生ネギま!』を「週刊少年マガジン」にて連載中。『魔法先生ネギま!』の最新34巻が5月17日に発売された。株式会社Jコミ代表取締役社長。
Jコミブログ「(株)Jコミの中の人」2010年11月26日記事より
わたしは以前一度このJコミオープン当日(昨年11月26日)に取材を行ったのですが、赤松氏自身の作品「ラブひな」がその初日1日で30万回ダウンロードされ、その後、他の作品も順調に読まれ、挿入された広告もクリックされています。(例えば、ドラマ化も決定した『交通事故鑑定人・環倫一郎』は公開から1ヶ月で106万5千円の広告売上げがあったことが公表されています)

PDF版「放課後ウェディング」より。ページの右側に全面広告が挿入されている

こういった取り組みが評価を集め、ダ・ヴィンチ電子書籍アワード2011ではあの「適当日記」とともに特別賞を受賞しています。

メディアジャーナリストの津田大介氏よりダ・ヴィンチ電子書籍アワード特別賞を授与される漫画家・Jコミ代表赤松健さん
 
そのJコミが、震災前日となる3月10日に専用ビューワ「アルヌール」を公開しました。
PDF版と異なり、Twitterと連携したり、本文を検索、翻訳文の投稿も可能など従来のコミックビューワとは一線を画していて驚かされたのですが、その一方でPDF版の公開が中止され、それを残念がるファンも多かったのも事実です。

今回はこの新ビューワの狙いやPDF公開も含めた今後のJコミ、電子出版への想いなどを伺っていきたいと思います。
なぜ「ブラウザ」にこだわるのか?
 
――昨年末、広告付きPDFの無料ダウンロードを始められたこともインパクトがありましたが、その時はダウンロードが難しい方への補助的な位置づけだったブラウザベースのWebビューワをさらに拡張し、「アルヌール」としてリリースされました。これはどういった狙いがあるのでしょう?
 
赤松:iPhoneやiPad向けの電子書籍だと、Appleの審査によって特定の作品が販売できないというケースがあります。現在は、いわゆる「本棚アプリ」を審査対象とすることで作品の中身によって即アプリが削除されてしまう、ということは少なくなったようですが、それでも「漫画家の意向に沿って自由に」作品を提供することは難しいのが現状です。Amazonのキンドルも同じ事ですね。

しかしブラウザベースであれば、そういったプラットフォームによる制約にしばられることはありません。またビューワにはFLASHを使っているところも多いのですが、それではiOSでは動かなくて困ってしまいます。「アルヌール」はAJAX(動的にWebコンテンツを表示できるJavascriptベースの記述方法)を使っていますので、パソコンでも他の端末でもほぼ同じように作品を読むことができます。

私たちJコミは「検閲」はしません。法律的には「図書」として扱われない電子書籍ですから、昨年末論議を呼んだ都条例問題からも自由でいられます。たとえば先日、東京都青少年治安対策本部が不健全として重版禁止とした「あきそら」ですが、広告付きでは難しいものの、今後予定しているプレミアム会員向けとしては是非Jコミで扱わせて頂きたいと思っています!

そして、広告との相性が良いことも見逃せません。Googleさんの協力のもとアルヌールで表示される作品の内容(ページ内のセリフなどのテキストデータ)に応じて、連動した広告が表示される仕組みが整いました。海外から読んでいる場合には、ちゃんとその国に応じた広告になりますので、読者・広告主の両方にメリットがあると考えています。

アルヌールで「ラブひな」を表示
 
PDF版では純広(純広告=広告主が用意した原稿が媒体の指定の場所に掲載される従来型の広告)によって大きな売上実績を残すことができました。しかしアルヌールでも、例えば4月13日に公開した「プレイヤーは眠れない」ではすでに数万円の売上げになっています。Jコミ初のライトノベル作品「スターダスト・シティ」も2巻にのみ広告をつけただけなのにやはり万単位での売上げになっています。(※4月25日取材時)

――ユーザーから使い勝手についてはどんな反応が寄せられていますか?
 
赤松:ブラウザでこのようなスタイルで本を読むことになれていない方、また他のビューワと比べる方は「ページ送りが少し遅い(次のページが表示されるまでに待たされる)」と仰ることはありますね。これは広告をそのページのコンテンツに応じてその都度読み込んでいますので致し方ないところなのですが、キャッシュを使った高速化は進めているところです。実際、今はかなり速くなりました。それでも遅いという方は、PDF版が再開すれば不満点はかなり解消されるはずです。

また、アルヌールでは全ページにURLが割り振られており、著作権を侵害することなくブログやTwitterで特定ページを紹介することができます。そのため「この作品の、このページが面白い」といった口コミが拡がるなど、アルヌールによって新しいマンガの楽しみ方が生まれています。最近新作を出していない先生も、Twitterのフォロワーが急に増えたり、昔の作品の感想が改めて寄せられることでモチベーションが上がったという反応もあります。

当初の狙い通り、作者に収入をもたらさないはずの絶版作品によって、新たな需要が生まれて、モチベーションはもちろん、おカネとして実際に作者に還元され続けているわけです――ある1点を除いては大成功だと自負しています。