キャプテンコラム第11回 「大きい100万部と小さい100万部」
更新日:2013/8/5
ダ・ヴィン電子ナビ キャプテン:横里 隆 advertisement |
ミリオンセラー、それは出版にかかわる者にとっては夢のような言葉です。
|
||
ところが同じ100万部でも、「大きい100万部と小さい100万部がある」と教えてもらいました。いったいどういうことなのでしょうか? それは、友人でもあり、尊敬する編集者でもある、講談社モーニング編集長の島田英二郎さんの言葉でした。 彼は数々のヒットコミックを生み出していて、単巻でミリオンを超える作品をいくつも手掛けてきた名物編集者です。最近では『聖☆おにいさん』が大ヒットし、単巻で見事に100万部を突破しています。 そんな彼が実体験を通して言うのですから信憑性もあるというもの。でも、100万部は100万部。その圧倒的な数字に大きいも小さいもないのでは?と思ってしまいます。 島田さんが話してくれた説明はこういうことでした。 大きい100万部とは、ふだんあまりマンガを読まない人まで含めた一般の人たちが買ってくれて実現した数字であり、小さい100万部とは、マンガ好きの人たちがこぞって買ってくれたことで達成した数字だと。 そして、前者は100万人以上の一般の人たちを夢中にさせることで社会現象にもなり得るけれど、後者の100万人は皆マンガ好きの人たちだから、閉じた世界の出来事で完結してしまう。そういう意味での、大きい100万部と小さい100万部なのだと。 それは、ヒットメーカー編集者だからこそわかる、とてもおもしろいとらえ方だと感じ入りました。 もちろん、どちらの100万部もとても立派な数字であり、それが達成できるのは素晴らしい作品であることにかわりはありません。ただ、果たす役割が異なるのだと思います。 マンガの魅力を広く知らしめ、新規読者を開拓していくためには、大きい100万部作品が必要になるということでしょう。一方、マンガ好きの目利きたちをうならせ、ますます深く惹き込むためには、小さい100万部作品が必要になります。 その意味で、「大きい100万部と小さい100万部」は、「広がる100万部と深まる100万部」と言い換えてもいいかもしれません。 昨今、苦戦のつづく出版界ではありますが、その中にあってライトノベルとコミックは元気です。このふたつに共通するのは、そのジャンルの熱烈な支持者(読者)たちが存在するということです。 彼らはみな、「ラノベ“も”好き」「マンガ“も”好き」なのではなく、「ラノベ“が”好き」「マンガ“が”好き」なのです。この「“も”ではなくて“が”」の読者を獲得しているジャンルは強いと思います。 これだけ娯楽の種類と数が増え、それに関する情報が満ち満ちた世界になると、多くの人たちは「○○“も”好き」になりがちです。いわく「音楽も好きだし、映画も好きだし、ゲームも好きだし、ミステリー小説も好きだし、マンガも好き」といった具合です。 そうした流れに逆らうように、「ラノベ“が”好き」「マンガ“が”好き」という濃密で頼りがいのある読者たちを獲得したふたつのジャンルは、前出の「小さい100万部」を生み出しやすい市場を創り出していると言えるでしょう。 でもその市場は、小さい100万部は生み出しやすいけれど、大きい100万部は生み出しにくい市場なのかもしれません。 ラノベとコミックは、今の出版界を支えてくれている2大濃密マーケットですが、濃密であるがゆえに閉じた市場にもなりがちなのです。内向きで閉塞した市場はいつか縮小してしまいます。前出の島田さんが「今のマンガ界には大きな100万部が必要なんだ」と熱く語るのもうなずけます。それはマンガ界全体を憂いてのこと。これからのことを考えれば、大きい100万部と小さい100万部の両方が常に必要なのでしょう。 ラノベとコミックが出版不況の中にあって元気な理由は、他ジャンルにはない強みがあるからなのですが、その強みを自ら否定して突破するようなベストセラーが次々と生み出されてこそ、未来は明るいのです。 「大きい100万部と小さい100万部」、その言葉は、現状に甘えることなく未来を切り拓こうとする編集者の気概が込められたものでした。そうした編集者たちがいてくれれば、マンガ界もラノベ界も、そして出版界全体も、まだ大丈夫だと信じられるのです。 島田さん、ありがとう。 ぼくたち、まだまだがんばろうね。 (第11回・了) ※キャプテンコラムは基本、毎週月曜日の12:00に更新します。次回、キャプテンコラム第12回は8月29日(月)の12:00にアップする予定です。 よろしければぜひまたお越しください。今回もまた、つたない文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。どうかあなたが、日々あたたかな気持ちで過ごされますよう。 よこさと・たかし●1965年愛知県豊川市生まれ。信州大学卒。1988年リクルート入社。94年のダ・ヴィンチ創刊からひたすらダ・ヴィンチ一筋! 2011年3月末で本誌編集長をバトンタッチし、電子部のキャプテンに。いざ、新たな航海へ!
■第1回 「やさしい時代に生まれて〈その①〉」 |
||