鈴井貴之「自分を変えられるかもしれない僕にとって希望に満ちた一冊」

芸能

更新日:2012/8/15

 「よく言うんです。僕の本棚を見たらヘコむよって(笑)。こうした多重人格について書かれた本は昔から興味があって、たくさん読んできました。自分でもこのテーマで、舞台や映像を問わず作ってみたいんですよね」

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 鈴井さんが選んできた本は『17人のわたしある多重人格女性の記録』。17の別人格を持つ女性・カレンの、治療の一部始終が記された衝撃のノンフィクションだ。
「マインドコントロールという言葉がありますが、人間って〝悩み〞に対して精神的な部分に左右されることが多いと思うんです。でも、欧米ではセラピーに通うのは特別なことじゃないのに、日本だと心療内科と聞くだけで気持ちが引いてしまう。この本を読んで、あらためてその違いの大きさを感じました」

 幼い頃から虐待を受けていたカレン。誰にも相談できず、やがて現実逃避をするために、自分の中に17の人格を生み出す。それが、医師とのカウンセリングによって、ひとつの人格へ統合されていくのだが……。
「“再生”部分も興味深かったです。性格も年齢もバラバラだった人格がひとつになるわけですから。ということは、僕らも自分の嫌な部分を直すことができるのかもしれない。そんな希望が持てました」

 自分を変えていく―。それは今年50歳を迎えた鈴井さんの新たな人生のテーマだという。
「今、性格だけじゃなく、生き方も変えてみたいっていう願望があるんですよ。それが作品として現れたのが、次の舞台『樹海』。自殺するために樹海まで来た人間の心が、死から生へと変換していく様を描いています」

 タブー視されることの多い自殺をあえて題材にし、中でも樹海を舞台に選んだのは、ある思いがあってのこと。
「不謹慎かもしれませんが、自殺するにもいろんな方法がありますよね。それなのに、わざわざ遠く離れた樹海まで行くというのが、僕の中で腑に落ちなかった。でもある時、思ったんです。もしかすると樹海に行く人は、たどり着くまでに何かしらのキッカケがあれば、死ぬのを思い留まれる人なのかもって」

 この作品で一番描きたいのは、「“本当に死ぬしかないほど追い詰められているの?”という投げかけなんです」と鈴井さん。
「ですから、入り口は重く感じるかもしれませんが、観終わった後には、希望が持てる芝居になっていると思いますよ」

 ただ、その一方で強烈なブラックユーモアも盛り込んでいる。
「樹齢何百年という大木が生い茂り、野生動物が生息する樹海は、言うなれば生命がみなぎっている場所。その中で自ら命を絶とうとする人間のエゴもしっかりと見せていきたいですね」 

鈴井貴之さんが選んだ1冊
17人のわたしある多重人格女性の記録
リチャード・ベア/著 浅尾敦則/訳 エクスナレッジ 2100円
著者である精神科医ベアのもとに訪れた女性・カレン。彼女の中には17もの人格が潜んでいた。幼少より父親や祖父に受けた想像を絶する虐待の数々。その苦痛から逃げ出すためにカレンは別の人格を作り続けていたのだ。10余年にわたって人格の統合を続け、一人の完全な人間として再出発するまでを描いた衝撃作。

取材・文=倉田モトキ
(ダ・ヴィンチ9月号「あの人と本の話」より)