日常の亀裂を描く、残暑もふっとぶ戦慄の怪談実話

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/26

残暑もふっとぶ戦慄の怪談実話集が発売された。福澤徹三の最新刊『盛り塩のある家』は、日常と異界の接する瞬間を、端正なスタイルで描ききった新作怪談実話集。ネットで予約した格安ホテルの部屋を駆けまわる足音。真夜中のタクシーが迷いこんだ、あるはずのない道。海外の学生寮に現れる青いスエットの男──抑制された筆致で描かれる日常の亀裂は読者の背筋を凍らせずにはおかない。『ダ・ヴィンチ』10月号では発売を記念して福澤徹三にインタビューを行っている。


同作は、『怪談実話 黒い百物語』に続いて怪談専門誌『幽』の人気連載「続・怪を訊く日々」をまとめたものだ。今回も独自のネットワークを武器に、幅広い対象から怪談を集めている。
「取材先はあいかわらず酒の席が多いです。店の経営者や従業員からお客に話を振ってもらうと、面識のない方からも話が聞けますから。そうやって知りあった方から、べつのひとを紹介してもらったりもしますので、行動範囲が狭いわりに効率よく取材ができます」

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表題作「盛り塩のある家」は古い木造家屋にまつわる怪異譚。語り手のYさんは、同級生の家のいたるところに盛り塩がされているのに気づく。それから20年以上経ち、Yさんは思いも寄らない形でその家と再会することに……。
「家がらみの怪談の怖さは、その土地や先住者の過去が日常を浸食してくる怖さだと思います。これといった怪異が起きなくても、そこに住んでいるひとの運気が傾くとか、そういう話はやはり怖いですね」

老人の霊がさまようテナントビル、霊感のあるキャバクラ嬢など、華やかな夜の世界にひそむ怪談を収録しているのも福澤作品ならではの持ち味。いくつかの店には、実際に足を運んだことがあるという。
「現地へいった印象では、やはり陰気な場所が多いですが、怪異など起きそうもない明るくにぎやかなところもあります。デパートや飲食店で、それなりに繁盛しているのに奇妙な現象が続くという話は過去にもいくつか書きました」

生まれ育ったホームグラウンド・福岡で取材されたエピソードの数々は、北九州方言を巧みに用いることで、さらに生々しさを増している。最近“ふるさと怪談”がクローズアップされているが、福澤さんの目から見て、九州人と怪談のかかわりはどのようなものなのだろう。
「おなじ県内でも都市部と田舎ではかなり差がありますが、全体に超自然的な現象を信じる傾向が強いように思います。すくなくとも私の周囲には、頭ごなしに否定するひとはいないですね」

――今回の新刊で特に印象的なエピソードは?
「『佐藤さんの家』『A神社』『年間三件』でしょうか。『佐藤さんの家』は海から現れるものがほんとうに怖い。『A神社』はラストの鮮烈さ、『年間三件』は意表をついた展開のおもしろさに惹かれます。どれも頭で考えたのでは作れない話だと思います」

日常にぽっかり開いた亀裂をまざまざと見せてくれる福澤怪談は、超常現象を信じない読者にも「ひょっとしたら……」という気分を起こさせる。胸のあたりがざわざわし、一人でいるのが不安になる。そんな現実感の揺らぎこそが、怪談実話を読む醍醐味だろう。
「できれば深夜に明かりを暗くして、ひとりで読んでいただきたいですね。夜更けにひとりで読むのと、昼間に他者がいる環境で読むのとでは、おなじ話でも印象がまったくちがいますから。その結果、なにかしら怪異が起きた場合は、編集部までご一報を(笑)」

取材・文=朝宮運河
ダ・ヴィンチ10月号「怪談通信」より)