深く読むとはどういうことか、5人の作家の業績を鋭く追う

小説・エッセイ

公開日:2012/12/3

悲劇の解読

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 筑摩書房
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:吉本隆明 価格:1,242円

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『悲劇の解読』というよりも「悲劇のお買得」といったほうがふさわしい本である。
吉本隆明の本は、そのほとんどが示唆に富み、スリリングで、鋭角的なため、「目から鱗が落ちる」どころか「脳から愚かが落ち」て足の踏み場がなくなるていなのである。

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本書は、20年も生きていればそのうちのどれかとはお馴染みになる5人の作家、太宰治、小林秀雄、横光利一、芥川龍之介、宮沢賢治、についての評論を集めた魅惑的な評論集であり、その例にもれず、言葉も、考えも、すべてが新しい。

本読みのプロたちの仕事について、「読みが深い」などと気軽に評したりするのだが、ほんとうに「深い読み」とはこういうことなのね、と吉本を読むと発見するのであり、私のようなハンチクのレビューでみなさまのお目を汚すのは「不快読み」だなあとつくづく落ち込むのであった。

いまとりあえず賢治について書かれた章を取り上げよう。

蟹の子どもから見た世界を描いた、『やまなし』という有名な童話がある。
川底から上を見上げるから、川面は青い天井となって皺がよったり泡がほどけたりする。そこになにやらとがった青いものが突然おりてきて、魚が白い腹を見せて天井の向こうへ連れ去られていく。だいたいこういう話だ。

吉本は、蟹の視点からこの話は書かれているが、よく読むとそれをはるかこちらから眺めているもうひとつの視線が瀰漫していなければ、この話の牧歌的でありながら恐ろしい効果は成立しない、という。

そしてこれらの遠い目が成立している時、賢治の世界は「記憶」や「追憶」や「夢」のように、隔離され、手のひらにのせて眺める光景のように静態化される。賢治の宇宙が、シーンとした青のイメージでやってくる時、たいていこういうメカニズムが働いているのだと。

賢治の視線のみならず、吉本の視線はこうした作品の隠されたキーを見抜き、神業のようによく切れる鑿で大木をはつってみせるように、繊細な大胆さをもってダイナミックに展開されていくのだ。

一生に1冊くらいは読みたい。


著者はまず、批評の悲劇について語る

太宰治が作品の向こうから語りかける独特の「声」について考える

作品と読者のかかわりも射程に入る