ひとりの男の死をきっかけにドミノ式に発生する事件が小さな町に襲いかかる

小説・エッセイ

公開日:2012/12/9

カジュアル・ベイカンシー 突然の空席 I・II

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:J.K.ローリング 価格:2,469円

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『カジュアル・ベイカンシー 突然の空席』は、「ハリー・ポッター」シリーズで空前のヒットを飛ばしたJ.K.ローリングが書いた、初めての「大人向け小説」だ。

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イギリスの片田舎、石畳の広場や教会の建ち並ぶパグフォードといういかにものどかな架空の町がすべての舞台である。

ある朝突然に、バリー・フェアブラザーという人物が40代の若さで動脈瘤破裂を起こして死亡する。この路上での突然死をきっかけに、いくつもの出来事が、ドミノを倒すように、加速度をもって巻き起こっていく。

読者は、一見平和かに見えていたはずの小さな町が日常の中に隠しもっていた、さまざまなゆがみや不穏な空気、いがみ合いや陰湿な秘密が次々とわき出てくるのに、驚嘆するだろう。だからこれは、ドミノというよりは、ブロック崩しのゲームにさも似たプロットを、文章によって構築したに近いかもしれない。暗いとはいえ、ある種の爽快感を味わえることも含めて。

突然の空席とは、バーリーがつとめていた地方自治組織会の席がひとつあいたことを指す。同メンバー次席のハワードという男が、組織入りの野望を胸に秘めていたのを手始めとして、子と親、富めるものと貧しいもの、子と親あるいは大人社会、ひそかに蠕動していた問題がにわかに表面化し、町中をおおっていく。

なによりも巧みなのは、ローリングがふるってみせる人物描写の筆力だろう。ひとりひとりのキャラクターを微細に書き分けるさまが、全編を躍動させているのは間違いない。

だが、私はこの小説をやはり少年の物語と読んだ。小悪魔的な少女と、彼女にある意味よこしまな思いを寄せる少年など子供たちをめぐる、葛藤に欲望のうごめきに暗い衝動や、親に対する反抗に自堕落に、子供たちの抱える心の問題が印象に残った。

だからこうだ。「ハリー・ポッター」が、戯画化されたとはいえ家族の虐待を受けたハリーにとっての、「希望と夢と可能性」に満ちた世界への飛翔であったように、そうした「もっと別の世界」へ逃げ出すことの出来なかった物語こそ「カジュアル・ベイカンシー」なのだと。

「ハリー・ポッター」が本当の父親との対決の物語だったことを忘れてはいけない。本書冒頭で死亡する人物の名前barryがハリー・ポッターのharryと一文字違いなのは偶然ではない。小説家はそんな不用意なことはしない。本書の世界の始まりでハリーはとっくに死んでいる、そうローリングはいっているのだ。


バリーの突然の死がすべての悲劇の幕を開ける

サイモン家の息子アンドルーの反抗心もやがて牙をむき…

ハワード家では秘められたコンプレックスが動き出す

コリン家でもひた隠しにしてきた秘密がもれているかもしれないという猜疑心をとめられない