冬は暖かい部屋で、こんなよくできたミステリーを読みたい

小説・エッセイ

公開日:2013/1/8

ナポレオン狂

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:阿刀田高 価格:486円

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卓抜なアイデアと、考えぬかれた構成、切れ味のいいスタイル。それらが一体となって、「短編小説の愉しみ」を存分に味わわせてくれる。そんな名手・阿刀田高の傑作短編集である。

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巻頭に置かれた表題作「ナポレオン狂」には文字通り、ナポレオンにまつわるちょっとおかしな人物が二人登場。ナポレオンに関するものなら何でもコレクションしている熱烈なナポレオン崇拝者が、自らをナポレオンの生まれ変わりと信ずる男と出会ったらどうなるのか? というアイデアを中心にちょっと不気味なストーリーが展開する。含みのあるラストの一文が、はっきりとは描かれない真相を想像させ、見事な効果をあげていた。

こうした短編ミステリーは構成が命である。ちょっとでも設計図に歪みがあると、せっかくのラストの効果が薄れてしまいかねない。その点、ロアルド・ダールやヘンリー・スレッサーなどを愛読し、海外短編ミステリーの手法を自家薬籠中のものとしてきた阿刀田高はさすがに巧みなものだ。

たとえば第32回日本推理作家協会賞を受賞した収録作「来訪者」を見てみよう。恵まれた生活を送っている主婦・真樹子のもとに、産婦人科で知り合った女・神崎初江が訪ねてくる。厚かましい態度で居座り、用もないのになかなか帰ろうとしない初江。彼女がやって来た目的は何だったのか。結末において明らかになるタイトル「来訪者」の本当に意味に、思わずウーンと唸らされるはずだ。結末という的に向かって放たれた矢が、コースを逸れることなくぐんぐん進んでいって、ラストの一文でぴたりと的の中心を射止める。そんなイメージの職人芸である。

13の収録作はいずれも粒よりだが、迷ったらまずは誘拐ミステリーの傑作「恋は思案の外」を読んでみてほしい。悪い男に貢ぐため、会社の金を200万円も使い込んでしまった娘。その事実を知った貧しい父親が、金策のため誘拐計画を企てる。鉄壁の誘拐計画と、娘を思う父の情愛、そしてすべてをあざ笑うかのように立ちふさがる「恋」という理外の理。知的に組み立てられた誘拐ミステリーの醍醐味と、リアリスティックな心理描写ががっちりかみ合っており、著者の本領をうかがうことができる。これまたタイトルの巧さに膝を打つ一作だ。

巻末に置かれた「縄―編集者への手紙―」は、新作を書けない新人作家の苦悩を描いた作品。するすると背後から迫ってくる首つりロープの存在感がなんとも異様で、都会派のサスペンスやブラック・ユーモアが大半の本書においては、ちょっとした異色作となっている。個人的な好みをいえば、この「縄」と、愛車フォルクスワーゲンが入院中の主人公に電話をかけてくるというアイデアが光る「甲虫の遁走曲」がともに印象に残った。あるいはノスタルジックな幻想譚の「捩れた夜」、エロティックな幻獣譚「透明魚」あたりも忘れがたい。

隅々まで意識のゆきわたった「出来のいい作り物」の世界である。情念や自意識から生まれた濃密な作品もいいけれど、たまにはこうしたスマートな世界も心地よい。長い冬の夜、コーヒーでも煎れてじっくりと一編ずつ味わってみてほしい。


目次より。「来訪者」は推理作家協会賞受賞短編

目次その2。後半はホラー&ファンタジー度の高い短編が多い

「ナポレオン狂」冒頭。狂気と正気の境目とは、という話題から徐々に本題へ

南沢氏はナポレオンに関する、常軌を外れたコレクターだった

村瀬氏は自らをナポレオンの生まれ変わりと信じている

「来訪者」はジワジワと怖さが身に迫る短編サスペンス