江戸と侍がエンターテインメントかつ芸術的に描かれる松本大洋の新境地

公開日:2013/1/11

竹光侍 (1)

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 小学館
ジャンル:コミック 購入元:eBookJapan
著者名:永福一成 価格:432円

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特に映像化された『鉄コン筋クリート』『ピンポン』で名を広く知られる松本大洋は、“泥臭い”“青春”“躍動感”などのイメージで語られがちですが、アグレッシブにさまざまなテーマ・世界観に挑み、みごとに描きわけていることは、ファンにとって当然のように知られていることです。本作『竹光侍』は、松本大洋初の時代劇モノ。江戸を、これまでに見たことがない描き方で表現しています。

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まず断言します。『鉄コン』や『ピンポン』しか松本作品を知らない人が本作を読むと、松本大洋のイメージが完全に変わります。さらに恐れずにいうと、『竹光侍』はコミックの世界において、時代劇モノの価値すら変えてしまうくらいの問題作かもしれません。それくらい、この“まったく新しい時代劇コミック”には未知のエネルギーが秘められています。

本作の主人公は、信濃から江戸にやってきた侍・瀬能宗一郎。年はまだ若い。ひょうひょうとしているようで、どこか狂気をにじませる。甘いものが大好き。通りでタコをマジマジと観察したり、土手でチョウの真似をしてみたりする。腕は超一級のようだが、事情あって竹光(竹を削った刀身の刀)を差している。つまり、ナゾに満ちた人物。このような瀬能のまわりで起こる日常や出来事が、豊かな下町情緒とともに描かれます。

ファンの間では、松本作品が「エンターテインメント」なのか「芸術」なのかでしばしば議論されます。大衆ウケする娯楽作品であり、アカデミック性をも併せ持つ。ファン層の極端な幅広さが、松本作品のとらえどころの難しさを物語っています。そこへもってきて、本作。エンターテインメント性と芸術性のどちらもが、極限にまで高められてしまったのです。好奇心を否応なくズルズルと引き出される魅力的で奇想天外な展開。一方で、ときにマジメな水墨画、ときには笑いを誘う浮世絵のようにみずみずしく色気がある絵と構成。

しかしながら、本作を読んだ後に「エンターテインメント or 芸術」の議論をしようと思う読者は、ほとんどいないでしょう。月並みですが、「これが松本大洋であり、松本作品なのだ」という答えに落ち着かざるを得ません。「第11回・文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 優秀賞」「第15回・手塚治虫文化賞マンガ大賞」の受賞は伊達ではありません。

日本の固有の芸術である浮世絵が海外に流出した状況を繰り返すまいと、著名な建築図面や模型などを収集する国立の建築資料館(「国立近現代建築資料館」の名称予定)が1月に文化庁管轄でオープン予定ですが、今、この時代に稀有なマンガ家・作品をリアルタイムで目の当たりにできる私たちは幸運なのかもしれません。ぜひ、この感動を電子書籍で。


1ページ目から意表をつく構成。ハエのアップ

江戸にやってきた、キツネ面の男・瀬能

タコを観察する瀬能。まるで浮世絵のようなタコ。これがコミックのポテンシャル

狂気と躍動感と。肌があわだちます

チョウのまねをする瀬能。水墨画のよう。うっとりと眺めてしまいます
(C)松本大洋・永福一成/小学館