独立して書かれた短編がひとつの長編に。伊坂幸太郎のテクニックに酔え!

小説・エッセイ

更新日:2013/3/4

残り全部バケーション

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 集英社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:伊坂幸太郎 価格:1,131円

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連作短編と言うには話が続いている。むしろ5つの章に分かれた長編と言った方がいい。ところが驚くべきことに、書き下ろしの第5章以外は、それぞれ独立した短編としてすべて別の媒体に発表されたものなのだ。つまり単体で完結していたのである。それに少しばかり加筆修正することですべてが繋がり、ひとつの長編となる。個々の短編のテーマが、つながったことで別の意味を持つ。なんとテクニカルな。

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第1章は、ある家族の物語。父の浮気がきっかけで両親は離婚、娘は学校の寮に入るため、家族がバラバラになる。その解散の日、父のPHSに「友だちになりませんか」とドライブや食事に誘うメールが入った。出会い系か詐欺にしか見えないそのメールに、3人は「家族解散前の思い出」としてその誘いに乗ることに。第2章は、そのメールを送った側である「岡田」の物語。3章、4章と主人公がシフトしていき、時間も前後し、第5章では再び──。

構成の妙、飄々とした文体、ユーモアとペーソス。そういった伊坂幸太郎の魅力が十全に発揮されていることはもちろんだが、伊坂作品の大きな特徴は「悲惨な出来事を正面から描かない」というところにある。たとえば第2章の「タキオン作戦」は児童虐待の話だ。けれどくるくると視点を変えて周囲から埋めて行き、悲惨な描写より解決の道筋と期待を読者に見せる。「こんなやり方!?」と思わず笑ってしまうような方法をとることで、なんだか「この子は大丈夫だ」と安心させてくれるのだ。だから読み心地がいい。読後感が爽快なのだ。

4章までにけっこう広がってしまった物語。しかも時系列はバラバラで、各編の間には年月の開きもある。それが5章でもう一度まとめられ、実に20年以上にわたる物語になる。「あれはどうなったんだろう」と読者が気にしていたことに、ちゃんと答えがほのめかされる。ほのめかされるだけではない。「もしかして……」とさらに幸せな想像もさせてくれる、実に余韻に満ちたラストになっているのだ。しかも章の間の時間の開きが大きいので「この間に何があったんだろう」と想像させてくれる楽しみもある。

もちろん最初からある程度は1冊にまとめることが念頭にあったのだろうとは思う。だがしかし、シリーズとして書かれたと考えるにはあまりにも各編の距離感が絶妙だ。この距離感こそが、他者には真似できない伊坂幸太郎の天性のワザなのである。短編としても楽しめ、それが繋がる長編としても楽しめるという、一粒で二度美味しい作品に仕上がっていることは間違いない。


本編の最初にもちゃんと表紙画像がある。サムネイルだけという電子書籍も多い中、これは嬉しい

巻末にはそれぞれの初出一覧が。オリジナルとどこが変わったか比べるのもおもしろい