静けさの中を漂う幻想譚
公開日:2013/3/6
虫と歌 市川春子作品集
ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader | 発売元 : 講談社 |
ジャンル:コミック | 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy |
著者名:市川春子 | 価格:540円 |
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4つの短編が収められた1冊であるが、ほぼどれも人間への変態が描かれている。
切り落とした指が植物に移植されて少女になったり、タンスの取っ手や昆虫が人に成長したりする。カフカの『変身』と違って重苦しさのカケラもない。すべては美しい叙情と、なにげない静けさの中に流れてゆく。
静謐はこの作家の得難い特質である。とにかく画面が静かなのだ。数年前ぶりに叔父の家を訪ねると、むかし切り落とした指が少女になって現れる。だがそのことに少年は驚かない。そんなことはこの世界では当たり前のことだからだ。奇妙な出来事が、読者に奇妙さを感じさせないまま、静けさの中を粛々と進んでゆく。読み手はその静けさに浸りながら、呼吸をゆっくりと鎮めていくことになる。それがたまらなく心地よい。
また、水も大切な役割をになわされている。登場する少年や少女は物語のどこかで水辺を訪れる。海であり川であり、水はさらなる幻想に読者を誘い込む。水の冷たさは、静かさと同時に、画面に涼しさを与えてみせる。涼しいコミックでもあるのだ。
物語の進行も見事であるのを忘れるわけにいかない。コマの配置と大きさが、ちょうど映画のシーンの並びのように、モンタージュ効果を生み、スリリングなリズムを生み出す。主人公が誰で、いま読んでいる状況がどのようなものか、その情報の出し方が切れ切れで、少し難しいといえばそうなのだが、よくできたヨーロッパ映画の単館作品のごとく読み手の想像力を刺激してくれる。
コミックという媒体の力を堪能したい方にぜひおすすめする1冊だ。
指が育って少女になった
ネームもささやかで静けさを増す
コマ撮りはスリリング
タンスの取っ手が奇妙な生き物に進化する