本当に恐ろしい「羆」の話

小説・エッセイ

更新日:2018/1/17

羆嵐

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 新潮社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:吉村昭 価格:432円

※最新の価格はストアでご確認ください。

この作品、『羆嵐』と書いて「くまあらし」と読む。「羆」という見慣れない漢字は単独で「ヒグマ」。北海道の開拓村を襲い、複数名を死に追いやった、規格外の体格を有するエゾヒグマ(身長約2.7m、体重約380kg)と、残された村民との攻防戦を描いたもの。

advertisement

作者はノンフィクション小説の大家として名高い吉村昭。1977年に発表された作品で、純粋なノンフィクションではない。しかし、モチーフは日本史上最大・最悪の獣害とされる「三毛別羆事件」。これは大正4年の12月9日から14日にかけて北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢で発生し、7名の死亡者を出したヒグマ獣害事件で、作者はこの事件を詳細に調べ、さらに当事者・関係者を徹底取材した上で物語にまとめた模様。つまり、限りなく事実に近いフィクションであり、故にそのリアリティは圧倒的である。

いわゆるネイチャーサスペンスではあるのだが、全編に漂う底冷えするかのような恐怖と緊迫感が尋常でない。ヒグマの登場するこの手の作品と言えば、以前レビューした北林一光の『ファントム・ピークス』などが挙げられるが、それらより年代的にかなり古いハズのこの作品、迫力と説得力で全く引けを取っていない。少なくともヒグマという「猛獣」の描き方に関しては、おそらくこの『羆嵐』がいちばん正確な上に、いちばん怖いのではないだろうか?

とにかくクマという動物に対し、我々は幻想を抱きすぎているきらいがある。プ●さん、最近ではくま●ンなど、クマをモチーフにした子ども向けキャラは昔からいつでもそばにあったし、現在でもぬいぐるみの定番はテディベア。幼稚園・保育園では、きっと今でも「森のクマさん」を熱唱する子どもたちがいるだろう。大人ですら実際に山道でクマに出会ったら、死んだふりでお茶を濁す人がほとんどな気がする。

前記の通り、ヒグマは日本最大にして最強の「猛獣」である。雑食で、下手すれば人間を襲って食べることもあるし、死んだふりなどはまず通用しない。もちろん、森で出会っても「お逃げなさい」とすすめてくれるワケがないし、落とし物を届けてくれたりもしない。戦おうにも、ほとんどのヒグマの体長は2.5mを超える。プロレスラーの故・アンドレ・ザ・ジャイアントより30cmも背の高いヒグマを重火器を使わずにKOできる人間が存在するのであれば、僕は問答無用でその人を世界最強と認めるであろう。

そんな猛獣の本当の姿、生態を知ることは絶対に必要な気がする。特に北海道、しかも野生のヒグマの生息地近辺に居住する人たちは、冗談でなくマストで読んでおいてほしいほど。この作品は実際に起こった事件を元に描かれているから、ヒグマの真の恐ろしさがイヤでもわかることと思う。

ヒグマのくだりだけでなく、大正期・開拓民の生活を細かく描写し、当時の過酷さをリアルに伝える構成も見事。北海道の近代史に興味のある人なら、きっと格好の資料となるはず。

当然、ノンフィクション好きは必読。さらに、サスペンス愛好家にもオススメ!


表紙にオリジナルのデザインが採用されなかったのはちょっと残念

惨劇の舞台は北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢、現在の北海道苫前郡苫前町古丹別三渓付近

本文は文体に古さを感じさせず、リアリティ抜群

思った以上に重宝するサムネイル付きのしおり機能

ゴシック系・太めのフォントに設定すると、迫力は倍増する

個人的にKinoppyのいちばん凄い機能だと思っている、リアルなページめくりアニメーション