消費主体、交換、時間などをキーワードに、子どもたち、若者たちに特徴的な現象を読む

公開日:2013/5/22

下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:内田樹 価格:486円

※最新の価格はストアでご確認ください。

本書は、いわれて久しい「学ばない子どもたち」「働かない若者たち」という気になる現象を考察、2007年に出版されて話題となった本の電書化。「まえがき」に内容は2005年に行われた講演が元になっているとあるが、現在でも読味期限を失わない鮮度をもっている(著者は「まえがき」で、東大教育学部・佐藤学氏の『「学び」から逃走する子どもたち』をはじめ他著作から貴重な示唆を受けたこと、また本書の目的は上記の問題に対して「共通の議論の足場を作ること」と述べている)。

advertisement

「学ばない子どもたち」「労働しない若者たち」という現象を、どのように理解すればいいのだろう。本書では前者を、長い歴史的成果である学ぶ権利を子どもたち自ら放棄していることから「学びからの逃走」と、また後者を労働の義務から逃れていることから「労働からの逃走」と表現している。そしてこの2つの現象は、「同一の社会的趨勢の二つの現れ方」という。それは80年代以降の市場主義と経済合理性の追求を背景に、学びや労働を「苦役と成果」「貨幣と商品」「投資と回収」といったビジネスライクな消費活動と思っていることだ。そしていずれも「時間」の欠落が指摘される。

学びは「時間的な現象」で、「(母語を学ぶときのように)これから何を学んでいるのか知らず、その価値や意味や有用性を言えないという当の事実こそが学びを動機づけている」(第1章から)と説明され、また消費活動をする消費主体については、「変化することが禁じられているというのが消費主体の宿命」(第3章から)であると書かれている。

学びを消費活動と考えれば、学校は教育サービスの売り手であり、生徒(と保護者)は代価(授業料)を払って教育サービスを購入する買い手である。実際の消費活動で貨幣と商品がすぐに等価交換されるように、投資(授業料)に対する成果の回収も時間差の小さいことが価値であり、また期待されることになる。そこに時間性は排除され、消費主体は学びの動機を削がれていく。また消費活動は同時性・無時間が前提で、変化すると交換は成立しなくなるため、消費主体は変わらないことが要求される。これが「変化することが禁じられているというのが消費主体の宿命」の意味だ。

学びは時間、変化であり、消費主体は無時間・無変化。そこで、その隔たりをものともしない新たな若者の姿が想定される。「自己決定・自己責任」を自立とする考え(自分で決めて自分で責任を取る、そのどこが悪い。人に迷惑をかけなければ、なにをしようとわたしの勝手、という論理)を下支えに、わからないことをわからないままスキップでき、学力の低下を積極的に肯定する、学ぶ義務から逃れることに達成感を得、それを評価する若者たちだ。

労働の場でも時間が問題になる。学びと同様に労働も消費活動ではなく、時間の経過とともにさまざまな経験や価値を取り込み、能力を高め、自分自身を変化させていくことで成り立つ。しかし、自己を消費主体と規定すれば、労働と成果の相関にずれを生み(自己評価と外部評価の隔たりや賃金の安さ)、その結果「労働から逃走」し、自己決定権への固執から自己に不利益な決定でも受け入れる(上記若者の姿と重なる)日本型ニートの誕生を加速し、その意思に関係なく「下流志向」していくという結論になる。

以上が、本書のざっくりな概要だ。読後感は、考えてみたくてもこの浅学ではとうてい考え及ばないことに少し触れたような、また自分が隠しもっていたことを言い当ててくれたような。誤読が多々あったとしても、その意味で一味爽涼の感。贅言すれば、本書の終わりに「文庫版へのあとがき」がある。同じように電書には「電書版へのあとがき」あっていいと思う。電書が活発化しても、そのような一文がある電書をまだひとつも読んだことがない。


96条が話題になっている憲法。働く働ないは個人の勝手ではなく、憲法(27条第1項)に規定されている(はじめに)

学力の低下の一例として。ここから、読めなくても、意味がわからくてもスキップできる新しい若者たちの姿が想定される(第1章)

論を進めるうえで重要なポイントには圏点が。巧みなレトリックで、首肯することが多い(第1章)

日本型ニートの特徴は、社会的上昇の機会が提供されているにもかかわらず、それを放棄している点にあるという(第3章)

第4章は質疑応答。「人にはその人の生き方がある、他の人がいいとか悪いとかいうこと自体余計なこと」という意見も
(C)内田樹/講談社