飄々としたおかしみの裏にある徹底的に突き放した視線

小説・エッセイ

更新日:2013/8/8

ねぼけ人生

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 筑摩書房
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:水木しげる 価格:540円

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数々の名作マンガ、独自の妖怪研究、楽園主義的人生観…少々特殊なポジションながら、今や押しも押されもせぬ“文化人”として認知されている水木しげる。二度の受勲とNHK朝の連続テレビ小説のモデルになったことが決定打となり、古い言い方をするならお茶の間レベルまでその人気は浸透している感がある。

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1982年に発表された本作は自伝的エッセイであり、少年期や青年期にフォーカスした『のんのんばあとオレ』(1977年)・『ほんまにオレはアホやろか』(1978年)に続き、出生から人気マンガ家としての暮らしまでを初めて“通史”として語ったもの。執筆時期は少年マンガでの大人気が一段落した頃だろう。

作中では、霊魂を信じる片田舎のガキ大将が長じては絵を志すものの、第二次世界大戦にやむなく従軍。南方戦線で塗炭の苦しみを味わったかと思うと、復員後は紙芝居作家・貸本マンガ家としてこれまた絶望的な貧困にあえぎつつ、奇跡的に少年誌で人気マンガ家の地位を獲得。出征先であった思い出の地を再訪・再々訪するまでが描かれる。目玉となるのは南方戦線での経験と紙芝居・貸本マンガ時代のエピソードで、全編「困った」「苦しい」のオンパレードなのだが、不思議と陰惨な印象は与えず、飄々とした筆致からはおかしみさえ覚えてしまう。

しかしこの“飄々”が曲者である。自身の食欲を優先し、死にゆく戦友との約束を果たさなかった罪悪感も、反社会的な団体を結成して社会福祉を不正受給しようとする企ても、果ては覚醒剤中毒で周囲に危険人物扱いされていたエピソードですら、著者はあくまでも飄々と語ってしまうのである。

その一貫した態度は、自分自身や己の作品を含めたあらゆる人・事物に対する、徹底して突き放した視線に根ざしたものであろう。結果、作中に描かれたエピソードを経験した際と本作執筆当時、そしてその後現在に至るまでを問わず、著者は世間一般に共有されている倫理観や共感から自由であり、すなわち飄々と生きている。

前述したように本作は困窮・貧困に関するエピソードも多く、厳しい状況をたくましく生き抜く著者の姿を一種の憧れをもって見る読者も多いに違いない。そんな時、“飄々”の裏にあるものへ思いを馳せるのも良いのではないだろうか。

※操作性について
本作はドットブック形式のファイルをiPadにダウンロードして購読した。読み進めている途中で目次へジャンプすると、直前に読んでいた箇所へ戻ることができない点は不便。しおりに相当する機能が欲しいところ。


死にゆく戦友にパパイヤの入手を頼まれるが、著者は空腹に耐えきれず著者自身が食べてしまう。さすがに罪悪感を覚えるものの、「うしろめたい罪悪感が胸に去来した」との記述が1文があるのみ

「引揚者や傷病兵たちの圧力団体」を結成し、「国からいくばくかの助成金をせしめようと」する。「住みついてしまえばこっちのもんだ」と廃ビルを占拠するも罪悪感は皆無

当時は合法だったとはいえ、知り合いのバンドマンからヒロポン(覚醒剤)を「おごって」もらっていたという。注射してもらう為に「一本しかない手を出すと」「天下をとったようにいい気持ち」…おかしみはあるが身も蓋もなく露骨な描写の連続

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