微細な心理のひだを鮮やかに描き出す

公開日:2013/6/30

赤い爪

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : 青林工藝舎
ジャンル:コミック 購入元:eBookJapan
著者名:近藤ようこ 価格:525円

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本を読んで原稿を書くとき、一番困るのは僕の場合その本が面白すぎたときだ。つまらない本なら楽ちんで、欠点数えて連ねるか、万一義理のある版元さんからのお願いだったりしたら分かる人には分かる褒め殺しというテクニックを発揮すればよい。

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ところが、面白すぎる本となるととたんにやっかいなことになる。おもしろさの塊が塊のまんま体全体にぶつかってくるわけで、それをうまく解体して順序よく並べ、自分に納得できる大きさにまとめることなんか不可能に思えるからだ。

面白かったらそれをそのまま手放しで書き殴ればいいじゃないかという考え方は浅薄といえる。批評は作品なので、感想のごった煮とは違うし、ちゃんと構造を作ってみせなければ読者にも失礼に当たるではないか。

困った。『赤い爪』は面白いのだ。それも飛び切りに。

近藤ようこのこのコミックは、7つのストーリーから成る短編集である。表題作『赤い爪』はこんな話だ。

大学時代の友人内田とつきあっている山本千里は、ある日やはり大学の時の友達吉村加奈子と偶然に出会う。三人で飲みに行った帰り、悪酔いした吉村を内田が送っていくことになる。山本は華やかな雰囲気の吉村の真っ赤なマニキュアを見て、自分は慎ましい家庭に入って夫の意見に従う生き方がふさわしいと思い、内村のプロポーズを待っている。山本は、部屋に遊びに来た吉村に真っ赤にマニキュアを塗ってもらうのだが、内田に「メシがまずくなる」と一蹴される。山本は内田との生活に「赤い爪」が侵入してくる悪夢を見るのだったが…

7つの作品どれをとっても、主人公のかそけき情感のゆらぎを、そのはかなさを損なわないまま、コマの動きのなかにしなやかに注ぎ込んで匂やかに描きあげている。哀しみと疑いとおそれと解放と諦念、単館ロードショーの最良の映画一本を見る充足感でひとつひとつの短編を読むことができる。

面白すぎる。だからこんな評でご勘弁を。


千里の赤い爪は内田に嫌われてしまう

千里は悪夢におびえる

ようやく千里はプロポーズされるが
(C)Youko Kondo/Seirinkogeisha