「凶悪」と「凶悪」の狭間 警察をも動かした迫真の取材記録

更新日:2013/8/2

凶悪―ある死刑囚の告発―

ハード : iPhone/iPad/Android 発売元 : 新潮社
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タイトルは『凶悪』。この表現に偽りはなく、本当に「凶悪」、ないしは「極悪」としか表現できない人間たちが多々登場し、普通の感覚ではちょっと考えもつかないような悪業の限りを尽くす。なによりも怖いのは、この作品が創作の類ではなく、実際に起こった事件を綴ったノンフィクションである、という事実かもしれない。

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この作品で採り上げられているのは2005年に雑誌『新潮45』が突如報じ、その後にマスコミ・世間を巻き込んで大騒動となった複数の殺人事件。告発者は別件で既に死刑判決を受けている元暴力団組長・後藤良次(実名)で、自らの関与を認めながらも「先生」と呼ばれる首謀者の存在を激白。自分以上に悪辣と思われる人間が塀の外側でのうのうと社会生活を送っている事実を許す事ができず、服役仲間のツテを頼って新潮45の記者にコンタクトを取り、その時点で表に出ていなかった殺人事件の詳細を語り出す。後にこれらを獄中からの「上申書提出」という形で表に出し、警察はそれをきっかけに再捜査に着手したことから「茨城上申書殺人事件」と呼ばれている、あまりに常軌を逸した大事件である。

作中、とにかく何人もの人が他人の懐を潤すために大事な命を落としていく。人は金を得るためであればここまで簡単に人を殺すのか、と考えると、正直やりきれなくなるほど。その手法も驚くほど残酷で狡猾。いくつかの場面では思わず吐き気を催したくらい。ソレ系のサスペンス小説でもここまで人の命は軽くない。何度も書いてしまうが、コレは実際にこの世で起こった出来事なのだ。

語り部であると思われる新潮45の記者(当時)、宮本太一氏は本当に尊敬に値する人物である、と断言。雑誌記者としてはそのままでも涎が出そうなスクープであるのにもかかわらず、この凶悪事件をすぐに報道せず、気の遠くなるような時間と労力を費やして裏を取り、なんと警察とも連携して事件の真相究明に尽力した。何人も殺しているヤクザと何人殺しているか解らない悪徳不動産ブローカーという「凶悪」と「凶悪」の狭間に居ながら、ジャーナリストとしての使命感と人としてのモラルを保持し続けていられる精神力の強さはには脱帽するしかない。

この電子書籍版は単行本発売時には明らかにされなかった裁判の行方や「先生」の実名、果ては凶悪犯両名の写真などが大幅に足された文庫版のKindle化。骨太で筋がピンと通った本格派のドキュメントを求める輩は、絶対に「買い」な作品。

ちなみにこの「凶悪」、山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキーというもの凄い面子で映画化、2013年9月21日に公開予定。予告編を観る限り、さらに恐ろしい仕上がりが期待できそう。映像を観る前に、ぜひ原作で予習を!


新潮社電子書籍定番の表紙、このデザインが妙にしっくりくる恐ろしい作品

まえがき、本編全11章、あとがき、そして文庫書き下ろしの最終章と文庫版あとがきまで網羅、かなりのボリューム

文体は淡々としていながらも緊張感に溢れる、硬派ドキュメンタリーのお手本

文庫書き下ろしの最終章では裁判の行方と容疑者の実名を公開

モノクロながら資料写真を多数掲載、終盤には「先生」の顔写真も!

何気に多機能で設定項目の多いiPad版Kindle、読みやすさは抜群