暴力は人を無力化する。連続監禁殺人事件に「逃げられない心理状態」を読む

公開日:2013/10/6

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件―

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 新潮社
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著者名:豊田正義 価格:659円

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本書は、幼い子どもを含む男女7人が殺害された北九州連続監禁殺人事件(事件の発覚は2002年。殺人事件は1996年~1998年)に取材した犯罪ノンフィクションだ。共犯の女は、主犯格の男から長期にわたって暴行・虐待を受けていた。本書は事件の真相を追うとともに、なぜ暴力・虐待の被害者が加害者(共犯者)へと暗転していったのか、人間の「逃げられない心理状態」に迫る。

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この事件で亡くなった7人のうち6人は、女の両親、妹夫婦と2人の子どもたちである。事件の発端は主犯格の男の詐欺行為だ。当時内縁の妻だった女はそれに加担。暴力は当時から始まっていたという。女の両親は、娘の犯罪が明るみに出るのを恐れ、男の要求に応じる。金の工面だ。負の秘密の共有は共犯、服従の容認である。そこに妹夫婦と2人の子どもたちも巻き込まれていく。男は一度握った相手の弱みを徹底的に利用した。瑣末なことにも難癖・因縁をつけ、食事制限や排泄制限、通電(電気ショック)などの暴力・虐待を日常的に繰り返す。

さらに女の母、妹と肉体関係を持ち、いいなりの支配関係をつくりあげていく。そして財産を巻き上げ、金主の価値がなくなれば、周囲の者を使嗾し、殺害を誘導、家族が家族の手によって一人、また一人と殺害され、男が手を下すことは決してなかった。ついに家族で残った者は、女一人だけになる。その捿愴苛烈な監禁・暴力・虐待の実際、殺害と遺体処理の経緯は、本書に克明に描かれている(第3章~6章)。

なぜ逃げようとしなかったのか。主犯格の男の暴力・虐待によって「逃げられない心理状態」に置かれていたと本書は問う。その心理状態は「学習性無力感」と呼ばれ、「繰り返される暴力・虐待によって生きる意志や自殺する気力さえも失くし、絶対的受け身の態度」として、ナチス強制収容所での囚人の心理状態などを例に説明している。暴力・虐待によって徹底的に追い詰められ、善悪良否正邪の判断も思考も意志も一切を削がれ、男のいいなり動く操り人形と化していたのだ。暴力は人を無力化し、廃人化する。

裁判での主犯格の男の言い分が掲載されている(第7章)。暴力・虐待、暴戻恣雎、恫喝、讒言、因縁、誘導、教唆、使嗾、貶下…。人をおとしこめるどんな言葉もこの男の前では色あせる。しかしその空言性を暴き、無効にできなくては、男の暴力・虐待に屈したことになる。「文庫版のあとがきにかえて」に、暴力・虐待の呪縛から解かれ素顔に戻っていく共犯の女の別の姿を見ることができる。それが本書のただひとつの救いである。


目次から

日常的な暴力・虐待によって追い詰められた人の心理状態を「学習性無力感」と説明する(第3章)

裁判で主犯格の男は、検察の主張や共犯の女、他証言をことごとく否定する発言を続けた(第7章)

本書のおわりには裁判中(当時)の女から著者宛ての手紙が引用されている