今度タクシーに乗ったとき、面白い話ない? と聞いてしまいそうだ
更新日:2013/10/22
もう30年も前の話、演劇雑誌の編集長をしていた僕は、芝居を見て打ち上げに出ると、またたく間に横浜に帰る終電を逃し、月2回くらいは仕方ないと社からいわれていたタクシーに飛び乗って高速へ滑り込むのだが、川崎あたりの工業地帯へさしかかると、工場の暗い海に浮かぶ夜光虫のような、おびただしい常夜灯の明かりに、近未来を思った。
しばらくしてリドリー・スコットの映画『ブレードランナー』が封切られたとき、冒頭のロサンゼルスの風景になんだこれなら知ってると半分しか驚かなかった。
景色に見とれている最中にタクシーの運転手に話しかけられたくない。しかし話してくるのだ、おさおさ怠りなく、サンマの大漁の話なんか。サンマってなんだ。
だが、そうやってタクシーの運転手の方々は、サンマを捕獲するがごとく、あまたの「とっておきの話題」をストックされているのであった。本書では著者がため込んだ裏話を惜しみなく放流される。いや、もうサンマにこだわるのはやめるが。
「血まみれのヤクザ」を乗せてしまった顛末。都市伝説「タクシーに乗ってくる幽霊」の真相。テレビでしかあり得ないと思っていた「運転手さん、前の車追って!」が意外にも本当にあるのだという事実。それはそれは興味は尽きない。
車内というあの小さな箱のなかで、さまざまな人間ドラマが日々、夜々、語り明かされていると思うと、今度タクシーに乗ったとき、なんか面白い話ない? とつい聞きたくなってしまいそうだ。
現役のタクシー運転手にしては、といっては失礼だが、文章も読みやすく、スイスイ泳ぐ、じゃなくてスイスイ読める。乗車時のマル秘テクニックや、業務を取り巻くきびしい事情も書かれていて、お読み得なんである。
血まみれのヤクザ
あの車を追って
車内で嘔吐したらいくら請求される