文学作品に出てくる変な名前の生き物ベスト3

小説・エッセイ

更新日:2013/12/17

カフカ自撰小品集

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : グーテンベルク21
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:カフカ 価格:540円

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文学作品に出てくる変な名前の生き物ベストスリーが私の中にはある。

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□1.ごびらっふ
詩人草野心平の作品に登場する、おそらくは蛙の名前。「ごびらっふの独白」という詩で彼はこんなふうに独語する。
「るてえる びる もれとりり がいく。ぐう であとびん むはありんく るてえる。けえる さみんだ げらげれんで。」っつう具合でまだまだ続く。 かなり変わってる。友達はいないだろう。

□2.クラムボン
宮沢賢治の童話『やまなし』の中で、せせらぎから空を見上げる蟹たちが目にする何者かで、どうやら動物らしいことだけが想像される。もちろん、「クラムボンは笑った」という記述があるゆえ、もしかしたらただ笑うだけの石という可能性もないではないが、賢治さんの考えることは分からん、とその頃の農家の方々はおっしゃっている。

□3.オドラデク
カフカの小説『家父の不安』に顔を出す謎の生き物。2本の足のようなものが生えた星形の糸巻き状の生物で、なんか転がったり、立ち上がったり、どうかすると階段の手すりにもたれかかったりしている。この小説の最も謎の部分は、異様に詳しく描き込まれたオドラデクの正体や生態のことより、タイトルが登場しない「家父の不安」であることだ。

オドラデクに限らず、カフカにはよく分からないところがある。なにをするため登場人物はそこにやってきたのか、彼のめざす城っていったいなんなのか、なんの覚えもなくなぜ主人公は逮捕されたのか、無実なのにどうすれば無実を証明できるのか、もうアッパラパーなことだらけである。でもって、最後までそれが明らかにならないのだから、返り討ちというか、分からなさに手土産もらって帰ってきたというか、踏んだり蹴ったりに違いないんである。

しかし、別にカフカの肩を持つわけじゃないけれど、いや持つんだけど、分からなさの中をページをめくりながらくぐり抜けていくとき、意味の分からない言葉の束から、どうしようもなく不穏な気配が襲いかかってくるときがある。いても立ってもいられないような心許なさがわき上がってくるときがある。そして私たちはその不穏や心許なさに、名前をつけることができない。名前のない不安定な心の状態は、いつの間にか私たちの体内に住み着いてしまう。それはカフカが私たちの中に住み始めてしまったということだ。

本書は、カフカが生前みずから選んで編んだ3つの短編集が、3部に分かれて収められている。『失踪者(アメリカ)』や『審判』や『城』なんかの長編を読む前に、どんな作家かちょっとのぞいてみるのに最適の1冊なんである。とりあえず第2部の「田舎医者」。これおすすめしますね。なんだかわからんの炸裂とともに、無意識の底では致命的なまでに分かっちゃうという、初体験をあなたはするでしょう。


重病人を救いに雪の中を出かけなければならない。しかし馬がいないのだ

いたって健康と見えていた患者はふと気がつくと瀕死の状態だった

掟の門の前で青年はいつまでも待ち続ける

オドラデクは奇妙な生き物だ
(C)カフカ/吉田仙太郎/グーテンベルク21