村上春樹作品がはらむ数々の謎をダイナミックに読み解く評論集

公開日:2014/1/13

謎とき 村上春樹

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 光文社
ジャンル:教養・人文・歴史 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:石原千秋 価格:810円

※最新の価格はストアでご確認ください。

アタシャね、村上春樹読んでますよ、いちおうね。でもね、わっかんねーっちゅうの。なにが書いてあんだい、あれってさ。

『風の歌を聴け』。なんでラジオのディスクジョッキーが入ってくんの?

advertisement

『1973年のピンボール』。誰があんなにたくさんのピンボール台を集めたのかな。

『羊をめぐる冒険』。なにが言いたいんじゃぁ!

と、読めば読むほどのどの奥あたりに毛でも生えたみたいなモニァラモニャラしたかゆみが広がって、我慢ならねえ、叩っ斬ってやる! っつうやさぐれた気持ちになられる方おいででござんしょ、アチシも同じ穴の本読みなのであります。

そりゃアチシだって、書評家の端くれのその端くれにつかまって、腐ってもというよりほとんど腐って世間を歩いているゾンビですから、見てきたような持論のひとつやふたつはあり、折にふれてはそれらしいコメントをお恥ずかしくも涼しい顔で並べたりしているわけです。でもね、うまく割り切れないことがたんと手の中に残るんです、春樹文学って。そこでこういう叫びがいつか体の中に、あの木の洞に向かって苦しさをはき出したどうかよろしく、溜まっていくのでした。

なんのかんのいわしゃんと、スパッと説明ばぁしてほしか!

でもそれはいけないことなのです。文学というのは、作者と自分の脳髄との共同作業ですから、ここはこういう意味だよと「教えられ」ても、もしかしたらそれは自分にとっては「嘘」かもしれないのです。はっきり分かった「嘘」よりも、何が何だか分からない「真実」のほうがより尊い体験なのあります。

と、ここまできてやっと「謎とき村上春樹」を読んでも大丈夫な体質になれたということです。つまり、村上春樹の謎の解明を鵜呑みにしてしまうのでなくて、もしかしたら「嘘」かも知れないと疑いながら読める頭が、この手の書物の場合どうしても必要だということ。

本書では、村上春樹の初期作品『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール』、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、『羊をめぐる冒険』、『ノルウェイの森』の5作品の謎に挑んでいます。「謎とき」というからにはこれは一種のミステリーでもあるので、中身についてふれることは読者の興をそぐため、ルール違反となってしまいます。

そこで各作品を読み解くために著者が提出しているキーワードを記しておきましょう。

『風の歌を聴け』 「僕」が鼠を殺す物語
『1973年のピンボール』 世界の果て
『羊をめぐる冒険』 名前を探す物語
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』 「時計の時間」からの自立
『ノルウェイの森』 18年間見つからなかった場所

読んでみれば分かるのですが、本書は単なる謎ときという程度のものでなく、しっかりとした作品評論であるってこと。それぞれの作品が内包している比喩を丁寧に取り出して、登場人物の行動の意味や性格をあぶり出していきます。その意味では読み応えのある一冊といえるでしょう。違う言い方をするなら、作品がもっている「世界」をダイナミックに読み解いていくのです。なるほどと思わされた箇所がいくつもありました。なんだか村上春樹が全部分かっちゃった気がした僕は、自分で禁じた穴にぽっこりはまっちゃった愚か者以外の何者でもないお調子者なのでありました。

最後に、『風の歌を聴け』に挟み込まれたラジオDJは、いつ読んでもとても「孤独」な手ざわりを感じずにはいられないし、また時間を分断する効果がある、と僕は思っています。


まえがきで、小説を読むとはどういうことかを述べる

小説家は一番書きたいことを隠して書く

『風の歌を聴け』に登場する小指のない女の子は誰なのか

『1973年のピンボール』の直子が死んだのはいつ?

『羊をめぐる冒険』における「僕」の変化