狂気とスラップスティックの饗宴たる筒井文学の初期作品集

小説・エッセイ

更新日:2014/2/9

おれに関する噂

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 新潮社
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:筒井康隆 価格:605円

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 今や巨匠ともいえる筒井康隆の初期短編を集めた1冊だ。

 一時期30冊40冊の文庫本が書店に並んでいた頃、片端から買い込んであまりの面白さにうなりながら読みに読んだものだが、その勢いは依然衰えぬまれな作家のひとりではある。

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 差別語使用の咎をいわれなきものとして断筆に入ったことをみなさまがご存じかどうか、そこからの復帰第1弾である『エンガッツィオ司令塔』のものすごさは、筆舌につきなかった。現実と幻想が継ぎ目なくすべり込みあって、と言うか、その裳裾どうしが重なりながら侵入しあい、恐ろしげな迫力を生み出してしかも思わず声をあげて笑ってしまうのだった。

 いや、今は「おれに関する噂」の話。

 なんの変哲もない一会社員であるはずの「おれ」の挙動がある日突然、なんの理由もなく、全メディアの大事件として報道されるようになってしまう。始まりは出勤前のテレビだった。昨日事務の女の子をお茶に誘って袖にされた出来事が大事件として報道されている。新聞など三段抜きの一面だ。会社に行けば行ったで、「おれ」のことをみんながこそこそと噂しているらしい。そのうち報道はリアルタイムにまで発展し、ジャーナリズムは「おれ」の目からは隠れて追跡をおこなってまでいる。「おれ」は挙止を失いとうとう最後にはある行動に移る。

 だいたいこんな物語。

 ここには筒井文学の典型的な特徴がみごとな形で現れてるといえる。

 1つは、極端な被害者意識。身のまわりの世界が知らないうちに変化しており、その結果主人公は言うに言われぬ被害を被るのだ。さんざんな目にあわされるのは、しかもまわりの人間達が、いじめとは意識しないいじめの態度、つまり加害者の態度で迫ってくるからだ。主人公は振り回され、逃げ場もなく、怒り悲しみ絶望し、目も当てられない事態に追い込まれていく。

 2つ目はスラップスティックかつ不条理なシーンがたたみかけるように発生すること。被害者の位置に立たされた主人公は、そこから抜け出すべく、あるいは状況の原因を探るべく悪戦苦闘することになるのだが、そのさまは、読者を強烈な笑いにいざなう。どうにもならない状態に突き落とされた人間の不幸は、無益な闘いに挑む時、深ければ深いほど滑稽だからだ。

 3つ目は文章の力、これが実は筒井作品の要でもあって、「説明するな、描写せよ」のモットー通り、ただアイデアを展開するだけでなく、事実を正確に描き出すような的確な言葉の選択が、みごとなリアリティとスピードを成功させている。

 しかし、ま、そんなことを意識せずとも、面白えものは面白えんだから仕方がない。

 ある小説家が講演旅行に出かけたまま東京の妻と連絡が取れなくなってしまう「講演旅行」や、山中の小さな村で怪しげな歌を歌わされる「熊の木本線」なんかも必読の作。


始まりは出勤前のテレビであった

新聞にもデカデカと「おれ」のことが載っている

出社すると女子社員達はひそひそと「おれ」の噂をしているらしい

村人達はこぞって怪しげな歌を歌う、「熊ノ木本線」

なかなか講演旅行から解放してもらえないうえに、東京の自宅とも連絡が取れなくなっている