竹野内豊主演で映画化！ 誰も愛せないモテ男の悲哀と孤独

　「ある方向からは三角に見えて、またある方向からは円に見えて、またある方向からは四角に見える立体図形を答えよ」という解きようがない複雑怪奇な算数の問いが出されたとして、私は迷わず、「人間」と答えるだろう。人間は様々な側面を持ち、相手に合わせた姿を見せる。だから、どんなに大切な存在であっても、あなたはその人の一面しか知ることができない。様々な人が見た姿を統合させてはじめてその本当の姿が浮かび上がってくるのかもしれない。

　『ニシノユキヒコの恋と冒険』は、『センセイの鞄』などの著作で名高い芥川賞作家・川上弘美氏作の連作短編集だ。2014年2月からは映画も公開され、主人公ニシノを竹野内豊、彼を取り巻く女性を、尾野真千子、木村文乃、成海璃子、本田翼、麻生久美子、阿川佐和子らが演じている。真実の愛を求めてさまようニシノの姿を10人の女たちの視線であぶり出していくこの短編集は映画版とともに今一番チェックしておきたい作品だ。

　ルックスがよくて仕事も順調、セックスもよく、優しい性格のニシノユキヒコは女性にべらぼうにモテる。だが、女性たちはみな彼の苦悩におぼろげながらも気付いていた。人を誰も愛せないニシノの孤独を知った時、女性たちは自ら彼のもとを去っていく。なぜ彼は人を愛することができないのか。真実の愛はどこにあるのか。青春時代から死の直前までの恋愛遍歴を女性たちの視点で振り返ることによって、ニシノヨシヒコという男の一生をあぶりだしていく。

　女子大生やOL、小説家、主婦まで、一生を通じてニシノの周りには年齢を問わず魅力的な女性が集まる。彼のケータイは夕方になると複数の女性からの連絡で鳴りっぱなし。同時に何人もの女性と関係を持ってもあまり悪気もなさそうにいつものんきな態度でいる。だが、彼への女性たちの視線はあたたかい。母性本能をくすぐられるのだろう。飄々とした雰囲気を醸し出しながらも、どこか寂しさをまとう彼を誰もが心配している。愛されないことに悲しみを覚えるよりも、誰をも愛せない彼を心から憂いている。

　ニシノくん、幸彦、西野君、ユキヒコ…。表裏のないようでいて、それぞれの女が見いだす彼の「顔」にも微妙な違いがある。誰が彼を愛し続けられるほど、強い人間となれるのだろうか。どのような人間が彼に真実の愛を教えることができるのだろうか。

「恋とは何だろうか。人は人を恋する権利はもつが、人は人に恋される権利は持たない。」「許しあって、油断し合って、ほんの少し見くだしあって、ひとは初めて愛しあえるんじゃないだろうか。」「西野を愛するのは、せんないことだったけど、楽しいことでもあったからね。甲斐のある苦役だったわよ。」

　女たちのひとつひとつの言葉が心につきささってくる。人を愛するとは何なのか。ニシノをめぐる女性たちの葛藤や彼自身の孤独は深く読者の胸にも響き渡る。本当の恋を探している全ての人に読んでほしい1冊だ。