突然、「穴」に落ちることはある!? リアルか非リアルかわからない世界
公開日:2014/2/19
普段、何気なく過ごしていて突然、胸の高さまである「穴」に落ちることってあるのだろうか? ありえないと思うけれど、もしかたらありえるかもしれない。絶対にないとはいえない、真実か嘘かわからない。そんな日常が描かれているのが第150回芥川賞受賞作の小山田浩子著『穴』。
主人公の松浦あさひは非正規職員として働いていたが、仕事を辞め、夫の田舎に移り住むことになる。田舎暮らしは何もなく退屈ではあるが、それでいてあさひは元住んでいた場所に戻りたいなどの感情もなくすべてを受け入れる。それは、もともとが非正規社員であり、その現実に満足はしていないが受け入れなければいけないという事実があったからだとも感じられる。
そんな平坦でなんの変哲もない日々の中、あさひは得体の知れない獣に出会う。その獣を追いかけていくうち川原へ辿り着き「穴」に落ちてしまうのだ。そこからあさひの生活はどこかおかしなものに変わっていく。
夫はひとりっ子のはずなのに突然、プレハブ小屋に住む義兄があさひの前に現れたり、雨の中を水巻きしている義祖父が現れたり、どこか変わった大量の子どもが現れ、次第には大量の穴まで現れる。
どこかありえそうでありえないのだ。夫も姑もこれまで話してくれなかったとあさひは言うが、もしかしたら義兄はもともと存在していて、慎重に隠されていたのかもしれないし、雨の中に水巻きをする義祖父だって痴呆がすすんでいるのかもしれない。子どもだって存在していてもおかしくないし、穴だって突然、空いていてもおかしくない。そもそも獣に導かれて穴に落ちたことだって現実なのか幻想なのかわからない。
あさひがすべてを受け入れるからこそ、読者も自然とできごとを受け入れ、いつの間にか幻想の世界に引き込まれていく。そう思って物語を読み返すともしかしたら非正規職員として働いていたころも幻想だったのかもしれないとすら思えてくる。何もかもがはっきりとせず、ぼやっとしている中に現実というものが浮き彫りになってくる不思議な感覚の1冊。
無駄な電気代、ガス代を使わないで1日を過ごすためには、昼寝をするのが一番経済的で効率的という何もない日々
退屈な日々の中、得体のしれない獣を追って穴に落ちてしまうという突然起こる非現実