“稀代のペテン”を最初に見破った男
公開日:2014/3/1
ソチ五輪開催前に、絶望的なタイミングの悪さでなんとも印象の悪い事件が起こった。毎日のようにワイドショーを騒がせた「佐村河内守ゴーストライター事件」がそれである。
佐村河内(さむらごうち)という耳慣れない姓を持つこの“自称”作曲家は、聴覚を失い全聾という触れ込みで表舞台に現れる。異名はもちろん「現代のベートーベン」。その特異な風貌と全聾というハンディキャップを巧みに利用し、話題性に乏しかったクラシックの世界で旋風を巻き起こした。
しかし佐村河内は一切の作曲をせず、全ての楽曲製作を作曲家の新垣隆氏に秘密裏に丸投げし、それら全てを自らの作品として発表した。ここまでなら音楽業界では良くある話のような気がするが、困った事にこの作品群がクラシック音楽としては異例の好セールスを記録してしまう。
慌てたのは気軽な気持ちでゴーストライターを引き受けてしまった新垣氏。自らの楽曲が“佐村河内作品”として話題を呼んだ結果、罪の意識に耐え切れなくなった新垣氏自信の口から真相が語られたワケなのだが、これが世間を巻き込む一大センセーションとなる。なぜなら佐村河内の楽曲とされる『ヴァイオリンのためのソナチネ』は、男子フィギュアスケートのエース・高橋大輔がソチ五輪でショートプラグラムを滑る楽曲として正式に採用されており、既に曲の変更など考えられないタイミングであったからだ。
佐村河内のゴーストライターであった新垣氏が「これは隠しきれない」と感じるに至った最初のきっかけが、『月刊新潮45』に掲載された音楽評論家、野口剛夫氏による「『全聾の天才作曲家』佐村河内守は本物か」という記事。すなわち、この電子書籍である。
野口氏が音楽的な観点から語る数々の疑惑は、新垣氏が蒼白になるほど痛いところをピンポイントで突いた模様。同じ「新潮45・eBooklet」シリーズに新垣氏のインタビューを掲載した「堕ちた“現代のベートーベン”『佐村河内守事件』全真相」という作品があるのだが、その中で新垣氏はこの野口氏の記事について「第三者による、ほぼ真相を突き止めてしまったもの」と表現している。
正直、この記事がもう1年早く世に出ていれば…と思う。結果的に真実を告発した新垣氏の勇気は認めるが、あまりにタイミングが悪すぎる。もし新垣氏の心がもっと早い段階で掻き乱されていれば、黎明期から日本の男子フィギュアを引っ張ってきた高橋大輔のソチ五輪につまらないケチが付く事は避けられたかもしれないのだから。
この電子書籍は、前出の「堕ちた“現代のベートーベン”『佐村河内守事件』全真相」と併せて読むべき。新潮45の記事の切り口はさすがに鋭く、凡百のTVワイドショーを遙かに凌ぐ。この事件の全容は2つのeBookletでほぼ見えてくるはず。あとはこの最低な“嘘”をついた張本人の言い分を知りたい。新潮45の取材力に大きく期待。
「新潮45 eBooklet」シリーズの1冊、硬派な内容で一気に読める廉価作品多数
著者の野口剛夫氏は紛う事なき「音楽家」でありながら、文章にも説得力が溢れている
著者の野口剛夫氏は紛う事なき「音楽家」でありながら、文章にも説得力が溢れている
音楽家の立場からの指摘はどれも的を射ている感あり
一方的な攻撃だけでなく、ある部分で楽曲を認めている部分も