すべての片恋妄想人に捧げたい。滑稽、痛快、愚かしくも愉快な青春小説
更新日:2012/3/5
森見作品は何冊か読んでいましたが、気になりつつもなんとなく手つかずだったこの小説。2007年の本屋大賞では惜しくも2位でしたが直木賞候補にもなり、山本周五郎賞を受賞した評判作です。
すみません、わたし勝手に、この作品のあらすじを、「夜の散歩が大好きな黒髪の少女が延々と歩き続けるのを、彼女に片思いしている主人公がひたすらうしろからついていき、その間に不可思議な事件が起きる、一夜のハイキングファンタジー(長編小説)」だと思っていたのです。
いったいどこでどう間違ったのやら…。
実際、彼女が夜のお散歩をするのは1話めだけ。あとは古本市や学園祭や、さまざまな場所を歩きまわるうち、たくさんの不思議で滑稽な事件に出会い、彼女に恋焦がれる主人公は、彼女との「奇遇」を装うべく奔走する中で、同様に事件に巻き込まれていく、という、微妙にあっているけれど全然違う、連作短編でした。
でも同じような勘違いしている人はきっといるよ! と、書いてみた次第。
やー、とにかく笑いました。 くすくす、とか、げらげら、とかではないのです。読みながら「…ふっ」と、失笑のような共感のような、なんともいえない笑いが漏れるのです。
自称天狗の樋口さん、悩殺美女だけどうわばみで豪快な羽貫さん、神のように不思議でおそろしい李白さん、偏屈王に、パンツ総番長、古本市の神様、などなど。どこかで読んだような人たちもいますが、様々な濃ゆいキャラクターが登場し、主人公の片恋を、邪魔したり結果的には助けたり、いろんな騒動を巻き起こします。
この主人公は、もうほんと、ひたすら、彼女と偶然の出会いや奇遇さを装ってお近づきになろうという外堀作戦に一人奔走するのですが、から回ることもたくさん。でもその、必死さ。まわりくどく小心者なのに執念深い恋心。それがもう、おかしくて、いとおしくて、気づけば応援してしまうのです。
でも一方でもっと振り回されろとも言いたくなる。片恋妄想に覚えのある人にはぜひ、読んでいただきたいです。
ちなみに私は、この小説、章を増すごとに恋の行方が気になって、ついにはクリスマスケーキをつくりながら読み始めてしまいました。スポンジケーキ用の卵を泡立てるのには、時間がかかるけど暇だし、テレビを見ようにも音がうるさい。でも紙の本を読むと汚れるしなんだかやりにくい。そんなときにiPhoneがとても便利ということに気づきました。ケーキだけでなく、料理のおともに、電子書籍はぴったりかもしれません。
スポンジがいまいちうまく膨らまなかったのは私の腕のせいではなく、「おのれクリスマスなどに浮かれおって!」という主人公の呪いでありましょう。
森見さんの最大の特徴は、滑稽で流暢な語り口。目が疲れないのであれば、これくらいのフォントで読むのがお勧めです。流れるように読むとなお、味わい深いと思うので
しょっぱなからいきなり語られる「おともだちパンチ」。片思いの彼女を語る最初が、それです。そのセンスには脱帽です